第29話 秘密兵器~賢吾~

 去り行く翔の背中を阿里沙が振り返る。


「なに? ケンカ?」

「いや……彼の態度が良くないから注意したんだ。そしたら逆ギレされてね。それでつい声を荒らげてしまった」

「へぇ。賢吾もそんなことで怒鳴るんだ?」


 意外と狭量な人間なんだなと指摘されたみたいで面白くなかった。


「僕に対してというか、みんなに対してもふざけた態度だろ」

「でも昨日のケンカのときは翔を庇ってたじゃん?」

「あのときはまだ初日だったから。今日もひどい態度だろ。いい加減落ち着けって注意したんだ」

「そうなの? あたしあんま関わってないから知らないんだけど」

「僕もそんなに関わっている訳じゃないけど、遊覧船でもかなり荒れていたみたいだ」

「ふぅん……」


 自分から首を突っ込んできたのにもう興味がなくなったのか、阿里沙はスマホを弄りながら生返事を返してきた。

 軽快な指さばきからして、メッセージでも打っているのだろう。


(人と話をしているのに失礼な奴だ)


 今年入ってきた新入社員も同じように常にスマホを触る癖がある。

 そんなに頻繁に友達とメッセージを交換しあう必要があるのだろうか。

 賢吾にはまるで理解できない種族の人間だ。


「しかし山奥まできたよね。こんなところでキャンプするのかな?」


 深い緑に囲まれた景色を見回しながら呟く。

 キャンプに否定的な態度を取り阿里沙の関心を引く作戦だった。


「マジ勘弁して欲しいよね。あたし虫苦手だし」

「友達とキャンプとかしたことない?」

「ないない。そんなことするくらいならリゾートに行きたいし」

「南の島とか?」

「そうそう。ちゃんとホテルに泊まってシャワーもあって。エアコンも効いてるとこ」


 確かに阿里沙みたいなタイプは山でキャンプより海辺のリゾートが似合うだろう。


「友達と旅行とかも行くの?」

「リゾートは何回かだけね。バリとかプーケットとか」

「へぇ、いいね。旅行好きなんだ?」

「見知らぬ人とバス移動で野宿とかじゃなく、友達と飛行機で行くならね」


 阿里沙が顔をしかめて笑うので賢吾も「僕もそっちの方がいいな」と話をあわせて笑った。

 旅行好きで友達と海外にも行くという情報を入手して内心ほくそ笑む。


「海外好きなんだ? じゃあダナンに行ったことある?」


 阿里沙は自慢げに訊ねてくる。


「ダナン? 確かベトナムだっけ? ないよ」

「あそこはいいよ。彼女を連れていったら喜ばれると思うし」

「そうなんだ。じゃあまずは彼女を作るところから頑張るよ」

「えー? 彼女いないんだ? モテそうなのに意外」


 いかにも彼女が欲しいようなアピールをしてミスリードを謀る。


「ダナンって確か結構高級リゾートだよね。そんなに海外に行けるなんて阿里沙って結構金持ちだね」

「まさか。みんな出して貰ってるに決まってるじゃん」


 期待通り阿里沙はボロボロと情報を吐露してくれる。

 これなら『願いごと』も簡単に探り当てられそうだ。


「なるほど。阿里沙ちゃんなら男も旅行費払ってでも連れていきたいだろうね」

「もしかして口説こうとしてる?」

「バレた?」

「てか賢吾って怜奈を狙ってるんじゃないの?」

「え?」

「今朝から怜奈を追いかけ回してるでしょ?  あたし見てたし 」


 突然の指摘に肝が冷えた。

 平静を装おうとしたが、表情に変化が出てしまうのを隠せない。


「そんなことないけど? たまたま近くにいたから話し掛けただけじゃないかな」

「ふぅん」


 こちらが相手を観察している以上、相手からも観察されているのは当然だ。

 しかしなにも考えていなさそうだと侮っていた阿里沙から鋭い指摘をされて動揺してしまった。


(こう見えて彼女は意外と洞察力が高いのかもしれない。油断はできないな。とはいえぐずぐずもしていられないし)


 慎重にならなければいけないが、二泊三日の短期決戦だからのんびりもしていられない。


 賢吾はポケットの中に忍ばせたペン型盗聴器を指先で撫でる。

 仕事でなにかの役に立つかもしれないと思い、購入したものだ。

 怪しいと感じた今回の旅行にも用心のためそれを持ってきていたが正解だった。


 このままでは正攻法だけで勝つのは難しそうだ。

 勝負のためには時として手段を選ばない。

 それが賢吾のモットーだった。


 盗聴器は気付かれず、しかも常にそばにあるものに仕掛けなければいけない。

 阿里沙に仕掛けるならばどこがいいか、既に賢吾は検討済みだった。

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