一つの愛、一つの夢

忘憶却

彼女は何一つ言わずに死んだ。

 当時の私は高々十数年の人生に絶望し、自らを殺す機会を待ち望んでいた。

 彼女はそんな私を見つけ、生きるとは何かを問いかけていた。なぜそんなことをしたかはもう知る術はない。

 だけど、彼女が伝えたことから想像はつく。


 高校生ながらも人生の終盤に差しかかった彼女は、何も将来に期待が持てなかった。わずか数日、数週、数年。いつ訪れるか分からない死。

 偶然か分からないが生きる屍のような私を見つけた時、捨てたはずの望みは新たに火を灯し、私に託そうと思ったのだろう。


 どうして生かそうとしたのか、どうして託そうとしたのか、彼女の過去は何も知らない。私が感じ取れたのは、彼女は自身の死生観に大きく影響を与えた人物に出会えたことくらいだ。

 その誰かの思いも、彼女の思いも私は託され生きている。

 

 それはいいのだ。今の私は受け入れている。将来何をしようか、何をしたいか、そういう自身の願いの根幹を成している。そこは感謝している。

 問題は、時間がないことを話さないどころか、何一つその素振りを見せなかったことだ。


 私は彼女の夢に憧れた。

 誰もが自分らしく生きる。望んだ未来になれなくとも、多くの手に支えられながら自分で選び取り生きていく。そんな世界があってほしいと。

 屍の私にそんな言葉を残し、人形に命を吹き込まれたかのように少しずつ生き返っていった。


 私は二度目の生を受けたのだ。だから、この人のために生きよう、この人のために死のう。生きる意味のない私を生かそうとしているから、この人のために。

 そんな思いを見透かされていたのだろう。彼女は私が後を追うと、そうさせまいと自身の死を見せることも悟らせることもさせなかった。

 そんなことも知らずに、私はいつまでも待ち続けた。心は少しずつすり減り、彼女の影を追い続ける亡霊と化した頃、彼女の友人に知らされた。私はどう生きればいいのか分からなくなった。彼女の後ろで支えられれば、それだけでよかった。生きる意味のない私を拾ったのだからせめてその責任くらいとってほしい。できないのなら、共に死のうと、君が死ぬのなら私も死のうとそう思っていた。


 泣いて泣いて泣き続けた後のことは憶えていない。

 死を受け入れられなかったのだろうか。彼女を、彼女の思いをこの世界に生かし続けたいと生きることにした。自分で自分を殺すことは、本当に彼女をこの世から殺してしまうことになる。

 そうして、彼女が私に遺した記憶と向き合う重く苦しい日々が始まった。

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