第67話 神話時代からの伝統芸

 巨大な気配が水上と言うか、陸上に現出する。

「良し出た!」

 葛様が言うが早いか、同事にいつか見た瓢箪を取り出し、コレは又いつか見た符を貼り付けて現出した其の存在に叩きつけるように投げ付けた。

 飛んで行ったその瓢箪は、狙い通りか現出した触手の主、数十メートルは在りそうな緑色がかった巨大な頭足類、羽のような耳を持つ巨大な蛸の眉間に突き刺さる様にぶつかり、その外装で有る瓢箪が割れ、そうすると中身で有る巨大な赤い山椒魚がそのままその蛸の眉間に貼り付いた。

「よし! 入った!」

 葛様が上手く行ったと得意気に歓声を上げ、ガッツポーズを取る。

 そして次の瞬間から、触手の動きにキレというものが一切失くなった。まるで酔っ払っているように……


「いったい何をしたんです?」

 すっかり動かなくなった触手を前に、呆然と聞く。

「酒蟲にハリセンボンの符を貼り付けて、クトルーに固定した、酒蟲は自分に触れる水気のある物を全て酒にできるからな、固定の為のハリセンボンの符が貼り付いて棘が突き刺さっている限り、あ奴の血液は延々と酒にされる」

 想像以上にエグイコンボと成って居た。

「だからと言ってそんな劇的な……」

「クトゥルフ、クトルー、ク・リトル・リトル、九頭龍(くとうりゅう)、呼び名は数有れ。即ち日本神話としての原型は八岐大蛇(やまたのおろち)じゃ、なら酒を飲ませれば弱体化するわい、日本神話の伝統芸じゃな?」

 得意気に葛様が簡単に解説しつつ、止めの為にか、ゆっくり巨大蛸、クトゥルフに近づく様に歩を進める。

「因みに、こやつの場合脳がいくつも有るから、結局斬るよりこうして酔っぱらわせた方が手っ取り早い」

 得意気だった。


「流石にコレじゃあ一寸盛り上がらないにも程が有るんじゃ無いですか?」

 葛様とクトゥルフの間に、何処かで見た不審人物が唐突に表れた。

 蜂蜜酒に依る開眼状態だと言うのに、言葉を発する迄存在に気が付かなかった。

「何じゃ? 今更出て来て?」

 不審者の手元には得意気に懐中時計が掲げられている。

「もう一寸盛り上げようと思いまして」

 悪巧みをこれから実行すると言う感じに、得意気な笑みを浮かべ、妙にゆっくりとした動きで竜頭に手をかける。

 唐突に空が暗くなった。

 思わず見上げると太陽が月に隠れようとしていた。今回のタイムリミットだ、未だ時間はあった筈なのに。

「未だ先なんじゃ?!」

 思わず叫んだ。

「我々にとっては時間なんて有って無しがごとしですよ?」

 その反応が見たかったとばかりのどや顔をしている。

「まあ、その程度、如何と言う事も無いわい」

 葛様がため息交じりに胸元に手を入れて、何時か見た懐中時計を取り出す。

 其れを見て得意気な不審人物の顔に驚愕が浮かぶ。

 竜頭を押すとパカリと蓋が開き、キンキンと小さいが甲高い鐘の音が響く、ミニッツ・リピーターが搭載されているらしい、葛様の時計が砂のように崩れた、同時に不審人物の手元にある時計が砂のように崩れる。

 不審人物は呆然と崩れた時計を見る。

 次の瞬間には小狐丸を構えた葛様が不審人物の首を斬り飛ばして居た。

「縮地位は嗜みじゃし」

 残心なのか振り向いてピッと血糊を祓うようにして納刀しつつ続ける。

「時間を操るド・マリニー時計なんぞ珍しくも無いわい」

 呆れたと言った調子で不審人物の死体を睨み付ける。

「まあ・・・貴女に喧嘩売る方が無理矢理ですね?」

 落ちて来る首が未だ喋る、肺も声帯も繋がってい無いと言うのにどんな理屈なのか。

 身体も倒れず、当然と言った調子で落下して来た首を受け止めると、空間に溶ける様に居なくなった。結局出た時も消える時も唐突で、気配も痕跡も掴む事は出来なかった上、この期に及んで消える瞬間まで不審人物の顔には笑みが浮かんでいた。


 ぐらん・・・・


 妙な空間の揺らぎを感じて、同時に眩暈を感じる、先程より巨大な触手を持った蛸が沸いて出た。日蝕の本影を使った魔法陣は、瞬間的とはいえ効果を発揮し、力を増して再生されたらしい。

「お主はなあ…… あと100年程は寝とけ?」

 空間に生えた緑色の触手を、葛様が不機嫌に呟きながら切り飛ばす。

 同事に切り口に符を貼り付ける、いつか使った三昧真火の符だった。

「いあ、はすたあ!」

 裂ぱくの声を合図に風が巻き、火柱が上がった。



 追申

 ド・マリニーの時計、クトルゥフ神話に置ける所謂タイムマシンの一種、ちゃんと使用できれば時を好き勝手行き来出来る。今回は時をすっ飛ばした。

 但し、葛様が持っていたのは他の時渡りに対するカウンターで打ち消す機能で一回のみの機能限定版。

 神に取っては時を渡って何度やり直そうと、縁と業で縛り付けられているこの世界、途中が多少違っても最後の着地点は変わらないと言う事で、繰り返す事に意義は感じていない。

 そんな訳で矢鱈と前向きな漢仕様、こう言った愉快犯に嫌がらせをする為だけに持っていた。

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