第30話 箱の説明

 帰ると何故か疲れ気味の葛様が出迎えてくれた。

「ただいま帰りました」

「お疲れ様、無事なようで何よりじゃが、先ずはこっちじゃな?」

 そう返すと、塩を頭の上にざらざらと盛り始め、生米を撒き始めた、予想外の行動に思わず動きを止めてキョトンとする。

「散米と、盛塩?」

 思わず確認すると、みりゃあ分るじゃろうと頷かれた。

 足元の米が炭か灰の様に成って崩れて無くなって行く。

「大分残ったのう・・・」

 呆れ半分、半ば感心、げんなりと言った様子で葛様が呟く。

 米と塩が風に吹かれて何処かに吹き散らされて行った。

「呪いの残滓ですか?」

「そう言う訳じゃ、こうして見れば分かるが、結構残るからこうして後始末をして置かんと、後々で困る」

「成程、有り難うございます」

「儂は自分身を守っただけじゃから気にするな」

「はい」

 呪いの類は苦手なのだろう。

「女子供じゃとアレを見た時点で内臓握り潰されるからな?」

 物騒な事を言って居る・・・

「良いから風呂に入って着替えて来い、詳しい話はその後じゃ」

「はい」

 確かに散々走り回って地面を転がったので砂埃まみれだった。


「あれってどんな謂れの呪物だったんですか?」

 風呂上がりにお茶を貰い、人心地ついて今更聞く、【コトリバコ】としか聞いて居ない。

「【コトリバコ】平仮名やカタカナで言う分には可愛らしいが、漢字だと子を獲る箱と書いてコトリバコじゃ、古くは隠岐国辺りに伝わる呪いの小箱、呪いの方向としては憎い相手の嫁や子供を害する類で、最終目的としては断種、一族郎党皆殺しじゃな、女子供が全員死ねば次代も何もありゃしないじゃろう」

 嫌そうに解説してくれる。

「成程酷い・・・」

 意味が解ってげんなりする。

「妊婦なんかじゃと最悪じゃぞ、呪いの元が水子の類じゃから、ほぼ確実に引きずられて流れる」

「うわ・・・・」

「しかも呪いの発動条件は、対象があの箱を見た時点で発動するからな? 闇を覗き込むとき闇も覗いて居るにしても理不尽にも程が有る」

 解説時点で既に酷い。

「人? 何ですか?」

 水子だと言って居るが、この口振りだと人工物っぽい。

「人と言うか、人の前段階、生まれたばかりの赤子や稚児、胎児じゃよ」

「ぅぇ・・・・・」

 聞いて居るだけで何とも言えない気分に成って来る。

「木で出来た容器に、何かしらの動物の血で満たして、赤子の指を入れて、蓋をして膠で固めるんじゃ、一人分なら【イッポウ】二人分なら【ニホウ】【サンポウ】【シホウ】【ゴホウ】【ロッポウ】【チッポウ(シッポウ)】【ハッカイ】この8が限度で、作って居る本人が呪いに当てられて死ぬそうじゃ」

 当時は赤子が死に易いから材料的には無理のある話じゃ無いかも知れないが、あまりにも酷い。

「そんな物騒な物が何で今頃?」

「アレは土の中に埋めて置く分には大人しく、緩やかに作用するようじゃからな、初期段階体調不良程度の認識で緩やかに殺して行くんじゃろう、尤も今回の様に外に出すと、呪いが一気に活性化してああいった騒ぎに成る、人が作った呪物の癖に呪いが長持ちしとるしな」

「結構古いんですか?」

「漆と膠で固めて有るのなら想像以上に長持ちするしな、コレを使って居た里と一族は300年ほど前に取り潰して、作り方の詳しい秘伝も焼却したはずじゃから、今残って居るのはその時の残滓の筈じゃ」

「長い・・・・」

 明治を通り過ぎて江戸時代か。

「動物と赤子の魂を幾つも混ぜて有る関係上、蟲毒の様に内部で変異起こして呪いが長持ちするそうじゃ、まったく、悪い事ばかりよく考える物じゃ」

 嫌そうに感心すしている。

「今回の処理の仕方が凄い力押しでしたが・・・・」

 で燃やせと言うのは明らかに雑である。

「あの箱は見目好く飾ると同時に、ある程度悪いモノを形を与えて閉じ込める意味がある、下手に割ったり開けたりすると形を亡くしたまま形を持たない呪いの残滓として周囲に散らばる、ある程度形を留めて居るなら古刀で呪いも斬れるが、霞やら煙の様に薄く成ってしまっては最早手を付けられんからな、其れに呪力が強い物は通常の火では燃え残るし、器だけ傷つけたら言わずもがな、それこそ三昧真火位の火力じゃ無いと一気に燃やせん」

「アレで最低限だったんですね・・・」

 三昧真火の効果は劇的で、結界で覆った半径50mが不発弾の処理失敗みたいな事に成って、何も残らなかった。

「あの火力の余波を利用して、ある程度周囲の穢れも祓う予定だったんじゃが、さっきの米と塩を見る限り、ちぃっとばかり足りんかったな?」

 困ったような顔をしているが、あれ以上火力を上げると其れは其れで怖い事に成りそうだ。

「まあ良い、そんなにちょくちょく出て来るもんじゃないじゃろう」

 逆に不穏な事を言う。

「其れはフラグと言うのでは?」

 思わず指摘する。

「知らん、聞こえん、もう知らん」

 いきなり子供っぽく耳を塞いだ、こうなると無駄に可愛い。


 一段落付いたので今更お茶うけに手を伸ばした、白くて小判、コロッケのような形状をしていて白い粒がぽろぽろ零れる、砂糖だろうか? フォークで割ると、中身は餡子だった、砂糖の衣に餡子? 甘そうだと言う心の前準備をして、一欠けら分口に放り込む。

 甘い・・・・

 余りの甘さに卓袱台に突っ伏す。

「どうじゃ?」

 葛様が悪戯成功と言った様子でニヤニヤと笑みを浮かべている。

「甘いです・・・・」

 そうとしか言えない、砂糖と餡子の甘さに一切の遠慮が無い。

「ほら、茶」

 上機嫌でお茶を入れてくれた、勧められるままお茶で流し込む。

「何です? この殺人的に甘いの?」

「福島県の須賀川銘菓、くまたぱんじゃ、黒糖水に小麦粉を混ぜて練り上げ、こしあんを包み込んで、小判型に成形して、こんがり焼き上げ、砂糖をまぶした素朴なお菓子じゃぞ?」

 葛様が説明書き片手に説明してくれる。

「砂糖しかない・・・・・」

 説明を聞いても砂糖しか出て来ない。素朴とは一体・・・・

「洋菓子も実質砂糖とバターしか無いから言うほど変わらんわい」

 まあ、そう言う意味では変わらないか。

 其れはそう言う物だと納得して残りを口の中に放り込んだ、やはり甘いと言う感想しか出て来なかった。

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