欺瞞の作法②

 この一週間、俺は寝る間も惜しんで戦の準備を進めた。


 何せ生まれて初めての戦争、おまけに作戦の立案から指揮まで全てをやらなければならなかったからだ。


 とはいえ、司書の仕事も支障が出ない程度にはこなさないといけないし、タヅサに怪しまれるわけにもいかなかった。


 ダークエルフ族の魔王派閥というのも、自由に動かせるのは千人程度だった。


 二千人の兵を出すと大見得を切ったが、それすらもままならなかった。


 まずは敵の指揮官であるミエハル将軍のことを徹底的に調べ上げた。


 王城の書物庫には不用心にも――いや、魔族からすれば最も厳重な場所か――軍隊に所属している人物の名鑑が保管されていた。


 しかも、ご丁寧に経歴まで記されていた。


 ミエハル将軍は平民の生まれで、幼少の頃にパラの素質が認められ、五歳から軍学校に所属していた。


 軍学校には十五歳まで通っていたが、パラの才能は開花せず、地階級止まりのまま卒業した。


 その後、十八歳で士官学校に合格、二十三歳で卒業、数々の戦場で戦果を挙げ、四十八歳で将軍の地位に就き、現在は五十三歳となっている。


 ミエハル将軍の戦場での功績は、それを誇示するように一冊の書物にまとめられていた。


 彼の戦い方は物量に物をいわせた力業が多いが、必ずどの戦場においても別の勝ち筋を置いている慎重さも兼ね備えていた。


 そして、巨大な兵器を持ち出し、派手な戦いを好み、戦場に華を求めていた。


 ミエハル将軍のことを調べていくと、此度の遠征は、王政に人類軍の有用性を示す意味合いが大きいこともわかった。


 ミエハル将軍は自身の立場を危うくしかねない勇者の存在を毛嫌いしており、勇者の力などに頼らずとも、魔族の要塞くらい落としてみせると酒の席で豪語していたからだ。


 激務の合間を縫って、ダークエルフの森へも足を運んだ。


「ガイホウはこちらの援軍には来られないのだな?」


「やっつけてもやっつけても、人類軍がゾンビみたいに攻めてくるから、動けないらしい。そんなことより、魔王様がわざわざ戦場へ出向く必要はないだろ?」


 俺がセイントアルター要塞へ出陣する意思を伝えたところ、チルリレーゼはそう反発した。


 ゴブリン族のために俺が危険を冒すのは間違っていると言いたいのだろう。


「色々と考えたが、この戦いは俺が行かなければ勝てない。ああ、この戦いというのは魔族と人間という意味だ。これだけ大きな棺桶かんおけを準備したんだ、ミエハル将軍一人だけを入れるのは勿体もったいないだろ。せめて勇者の一人でも倒せればいいんだが」


「でも、ミエハルって勇者のことが嫌いなんだろ? 戦場に勇者を送り込んでこないんじゃないのか?」


「戦場に勇者を送り込むのはミエハルじゃない、国王だ」


 俺は確信を持っていった。


「どうしてそんなことがわかるんだよ」


 チルリレーゼは半信半疑にいった。


「簡単なことだ。王城で働いているおしゃべり好きのメイドにこう話した。市場に居たダークエルフの子供が噂していたんだけど、ゴブリンロードが魔王に援軍の要請を出したそうだって」


「ふむふむ、って、ほとんど真実じゃないか!」


「そして、つい先日捕虜になったゴブリンが、その噂を裏付ける証言をしたんだ」


「仲間を売ったのか」


 チルリレーゼはま忌ましくいった。


「いくら連中でもゴブリンロードを売るような真似はしないさ。王都周辺を彷徨さまよっていたのも、人類に捕まったのも、偽の情報を流したのも、全て『支配の声』によるものだ」


「それじゃあ、全て魔王様の計画の内なのか。ん、偽の情報って?」


「俺の能力についてだ。影を操り、触れた者を即死させることになっている。人類たちは俺の居る部屋に、無闇に入ってこられないだろうな」


「でも実際には使えないわけだし、勇者と遭遇したらどうするつもりだ? 勝算はあるのか?」


「勇者というのは不確定要素の塊だ。共通の弱点がなければ、必勝法はないだろうな」


「魔王様の声は、勇者に効かないんだろ。それなら丸腰で戦うのと一緒だぞ」


 チルリレーゼは切実にいった。


 俺の身を案じているのか、ダークエルフの未来を憂えているのか、希望をいうなら前者であって欲しい。


「案ずるな。チルやアンリ、クロロ、千のダークエルフ、そして今やゴブリンやセイントアルター要塞まで、それら全てが武器となる。不確定が相手なら、こちらは万全を期すだけだ」


 俺はチルリレーゼの不安を吹き飛ばすように、自信たっぷりにいった。


 どのような策を練るにしろ、チルリレーゼの広域魔法は戦の要となる。


 チルリレーゼの精神状態に気配りするのも大事だった。


「そうか、それならいいんだ」


 チルリレーゼの声がほんの少しだけ和らいだ。


「それにしても、あのゴブリンロードが要塞内にあたしたちの兵を入れてもいいなんて、一体どんな魔法を使ったんだ?」


「子供をあやしつけるのは、昔から得意なんだ」


 チルリレーゼにいうと怒りそうなので黙っておくが、俺は一人でゴブリンロードに会って話をつけたのだ。


 ゴブリンという種族は、ダークエルフの前では威勢を張らなければならないという、習性に近いプライドを持っているからだ。


「そうそう、このセイントアルター要塞の見取り図だけど、他にはないのか?」


 俺は先日受け取った地図を机上に広げながらいった。


「他って、どういう意味だ?」


「例えば、地下通路の見取り図は別にあるのか」


「いや、そんな話は聞いたことがないな」


 セイントアルター要塞の見取り図は、王城の書物庫に保管されていた。


 その見取り図には、要塞内から北へ抜ける地下の隠し通路が記されていた。


 一方、魔族のセイントアルター要塞の見取り図は、本来隠し通路の入口となる場所が部屋の一部となっていた。


 きっとこの見取り図を書いた魔族は、さぞいい加減な測定をしたに違いなかった。


 しかし、今となっては、その魔族に感謝しなければいけなかった。


「これは使えるかも知れないな」


 脳裏に一つの考えが浮かび、俺は独り言のようにいった。

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