メイドは親身になる⑥

 来る日も来る日も、俺はタマネギ型のガラス容器とにらめっこをした。


 他の生徒は既に別の教室へ移動して修練に励んでいたが、俺だけは未だにタヅサに魔素を送り込んでもらい、作業台に向かっていた。


 とはいえ、タヅサの体力もあるので、ずっと魔素を供給してもらうわけにはいかなかった。


 タヅサが不調の時は、軍学校の図書室に通い詰め、パラに関する文献ぶんけんを読みあさった。


 休みの日には、町の図書館にも足を運んだ。


 文献によると、属性結晶が何の反応も示さないのは、特別珍しいことではないそうである。


 検査官は俺にパラの才能がある前提で話していたが、ある一つの可能性については触れていなかった。


 パラを全く扱えない者も、属性結晶は無色となるのである。


 まさか勇者の卵が底階級であるはずがないので、えて触れなかったのかも知れなかった。


 ちなみに、普通の人間のパラ発現率は百人に一人くらいといわれている。王都の人口は百万人なので、ざっと一万人くらいがパラを使えるわけである。


 それでも、俺はパラの習得を諦めきれなかった。


 勉強して医学部に入って、そのまま大学院に残って新型黒死病の研究をすることが、琴音を救う道だと考えていた。


 それ以外の方法はないと思い込んでいた。


 しかし、心のどこかで迷いはあった。


 そんな誰でも思い付くような道を進むのは、別に俺である必要がないのではないか。


 俺よりも優秀なやつが何年も研究して辿たどり着けない場所に、果たして辿り着くことができるのだろうか。


 そこに差し込んだ、俺にしか進むことができない道。


 魔王を討伐して琴音の健康を願ってもいいが、パラという力を使いこなして新型黒死病の画期的な治療法を見付けることだってできるはずだ。


 しかし、そのささやかな願いを嘲笑あざわらうかのように、神々は俺にパラの力を分け与えてくれなかった。


 修練が始まってからちょうど一週間、初めましての顔があった。


「こちらの方は誰ですか?」


 俺はタヅサにそう訪ねた。服装などからタヅサの同業者くらいは予想できたが、この場に居合わせている意味まではわからなかった。


「一年後輩のナナナです。もしかしたら私の魔素がテンコウ様と相性が良くないかも知れないので、今日は彼女に魔素を送り込んでもらいます」


「なるほど。相性とかあるんですか」


 俺が目を通した文献にそのような記述はなかったけれど、タヅサなりに色々考えてくれたのだろう。


「ナナナでーす。よろしくお願いしますー」


 ナナナはほんわかした口調で、新人アイドルさながらに、桃色のくせ毛を弾ませながらぺこりと頭を下げた。


 ぱっちりとした眼、健康的に焼けた小麦色の肌、小柄だがその胸に実る二つの丸い果実はなかなかに育っていた。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


「テンコウ様って、他の勇者様と微妙に雰囲気違いますねー」


「へぇ、どんな風に違うんですか」


「んー、優しそう」


 俺は別にイケメンでもないし、身長も高くないので、初対面の異性からは大体そういう風にいわれていた。


 悪い気もしないが、嬉しいかといわれると首を縦には振れなかった。微妙な気持ちだ。


 ナナナは別に世間話せけんばなしをしに来たわけでもなかったので、挨拶あいさつも早々に、修練を始めることにした。


 人が変わったからといって、俺のやることは変わらなかった。


 そして、結果も変わらなかった。


 ナナナの魔素を送り込まれたからといって、左手にほんのり温かく柔らかいものが当たっているからといって、鉄球はぴくりとも動かなかった。


 送り込まれてくる魔素の違いも、全然わからなかった。


「ふぬぬぬ~」


 ナナナはタヅサほど魔素を生成できないようで、一時間もするとガス欠を起こしてしまった。


 顔を林檎りんごのように赤くして魔素をしぼりだそうとしているが、最早もはや何も流れ込んできていなかった。


「もう大丈夫です。俺なんかの修練に付き合ってもらって、ありがとうございます」


 一応会釈したが、上手く表情が作れているか不安だった。俺は内心で泣いていたからだ。




「タヅサさんもパラを使えるんですよね?」


 家に帰ると、俺は項垂うなだれたままいった。


「はい、少しですけど……」


 タヅサは控えめな声でいった。


 そう申し訳なさそうにされると、全くパラの才能がない俺なんかの雑事ざつじをしてもらっていることに対して罪悪感が湧いた。


「どういったパラですか?」


 そういえば、俺は自分のことばかりで、タヅサのことをほとんど知らないままだった。


「ライネル様と同じ炎系統です。といっても、才能も平凡でしっかりとした修練も積んでいないので、蝋燭ろうそくがなくても夜に困らない程度の炎しか灯せませんが」


「十分凄いですよ」


 ぜろと一では雲泥うんでいの差があった。種がなければ雑草すら生えないし、花が咲くことは決してないからだ。


「あれ、でも、普段火を起こす時、マッチを使っていませんか?」


「勇者様の住まう空間でパラを使ってはいけないといわれています」


「確か、パラ同士は干渉するんですよね」


 まだその辺りの文献にはしっかりと目を通せていなかったが、そのような感じのことが書いてあったような気がする。


「はい。それもありますけど、パラに頼らなくていいことは、頼らないようにしているんです。何となくですけど」


 自分でもどうしてそんなことをしているのかわからないので、タヅサは小さく笑いながらいった。


「初めてパラを使えるようになったきっかけとか、コツみたいなものはありましたか?」


「属性検査で炎系統と告げられた瞬間に、自分の中で何かが固まっていくような感覚がありました。もう十年以上も昔のことなので、いつ使えるようになったか記憶が定かではありませんが、徐々に安定していったような気がします」


 パラとは無限の可能性を秘めた万能の力であるにもかかわらず、人間が使うと単一の能力に限定されてしまう。優れているパラ使いほど、その傾向は強いそうだ。


 この点について、俺は一つの仮説を立てていた。


 恐らく、所詮しょせんは個でしかない人間というフィルターを通すせいで、様々なものをぎ落とすからだろう。


 ホースの口を小さくすればするほど、勢いがよくなるといってもいいかも知れない。


 このイメージをパラが全く扱えない人間にあてはめると、原因が二つほど浮かび上がってくる。


 一つは蛇口じゃぐち元栓もとせんが閉まっている者だ。魔素がないのでパラが発現しない状態である。


 一つはホースに横穴が開いていて、そこから水が漏れ出している者である。魔素はあるけれど、パラの発現に至らない状態である。


 俺はタヅサに魔素を供給してもらっているので、原因としては後者だろう。


 問題は、ホースの横穴をどうやって塞ぐかだ。


 俺が読み漁った文献には、パラの才能がない者が、その後に覚醒したという例は存在しなかった。

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