憂鬱ウサギ

福井ウサギ

黄色いラムネの話

そんなものはやめなさいと簡単に言うけれどこんなもんラムネだよラムネ。飲むだけで私をホッとさせる黄色いラムネ。人は裏切るしペットは自分よりも先に死んでしまうが黄色いラムネは薬局に行けばいつでも置いてある。だから私は黄色いラムネをガブガブ飲んでいたらついにガタが来て2018年11月某日、新宿の救命病棟に救急搬送された。

「私死にますか?」と看護師さんに聞いたら「死にませんよ。この程度で死んだ人見たことありません」とキレ気味に言われた。ごめん。

しばらくしたら警察が来て「彼氏?友達?親?」と訊くから「別に誰のせいでもない、学校の課題も人間関係もうまくいかないし自分が嫌いすぎてもう生きるのが嫌になった」と答えた。

夜が明けたら精神科医が来て簡単な診察をした。「まあまだ若いからね、ゆっくり休んでこれからのこと考えてください」と言われた。それから親が迎えに来て退院して大阪の実家に帰った。それからほとんど出席できなかった東京の美大を中退して寮を引き払って本格的に私は実家に戻った。

親の支えを得ながら精神科に通った。WAIS-IIIという心理検査を受けた。ASDだと診断された。

2019年はデイケアに通いながら少しずつ元気を取り戻していき何か資格を取ろうという気持ちになったのでパソコンスクールに通い始めた。調子がついてきたので高校時代の友達にコメダ珈琲で会った。彼女は介護のバイトをしているが年寄りと障害者は死ねと思っていると言った。流石にそれはちょっとどうなのという反応をしたら仕事は仕事として割り切ってやっている、嫌なことや人から逃げてばかりのお前とは違う、パソコンスクールがなんだよ、バイト位やれ、ウサギとは話が合わない、一生親に甘えて生きてれば?と言いながら先に店を出て行かれた。

せっかく元気になりかけていたのに振り出しに戻ってしまった。私はまた黄色いラムネに手を出した。

しかし黄色いラムネでは結局何も解決しない。9階の家のベランダに出てもう何もかも終わりにしようとしたら親に見つかって精神病院に入院することになった。

同じ入院患者の人から姿勢が悪く顎が上がっている、声に抑揚がない、目が泳いでいる、黄色いラムネを飲むとか頭がおかしいんじゃないの、お前なんか社会でやっていけないと言われて落ち込んだりしたけどいいこともあった。担当の男性の看護師さんがすごく面倒見が良くていい人だった。おまけにめちゃくちゃかっこよかった。別に看護師さんだから中身さえ良ければ見た目は良くなくてもいいのにと最初は思っていたけれど見た目以上に中身がいい人だったので良かった。入院中にリハビリとして病院内のカフェで働き、元気になってきたので退院することにした。退院する直前に担当の看護師さんに告白した。他に好きな人がいるし患者さんとはそういう関係になれないと言われて振られた。でもまあ振られることなんてわかっていたしこの看護師さんと出会えて担当になってもらえただけで十分いい思いができた。生きてればいいことあるんだな。ずっと女子校に通っていて恋愛とは無縁の生活を送ってきた私に青春を見せてくれてありがとう。そんな気持ちだった。

退院後も病院内のカフェでリハビリとして仕事をするつもりだった。入院中仲の良かった人に面会しに行ったらたまたまみんな手が空いてなくて病棟でひとりぽつねんとしてしまった。仕方がないせめて看護師さんに挨拶をしようと思い「○○さん(担当だった看護師さん)いませんか?」と訊いたら「ウサギさんね、誰に会いに来てるのかわからないよ。看護師に会いに来てるんだったらこっちもちょっと考えないといけないからね」と言われた。目の前が真っ暗になった。そんなつもりじゃなかったのに。でもそう思われても仕方ないよね。心のどこかで私にやっと居場所ができたと思っていた。たとえ仕事だとしても看護師さんが優しくしてくれて嬉しかった。でもやっぱりそれは仕事なんだ。私はプライベートで優しさとかを分かち合う仲間を見つけなければいけない。担当だった看護師さん告白なんかしてごめん。勘違いしてごめん。もうこれ以上迷惑かけられない。だから病院にはもう近づかない。カフェでの仕事も断る。それでいいよね。ごめん。

せっかく元気になりかけていたのに振り出しに戻ってしまった。私はまた黄色いラムネに手を出した。

私のそんな行動には市販薬物依存という名前がついた。もう一度他の病院で入院することになった。今度の病院の看護師さんは少し冷たかった。元気になれる気がしなかったので一週間で退院させてもらった。家に帰ってまた黄色いラムネをガブガブ飲んだ。結局何も良くなっていない。

小さい頃から変な人だと言われてきた。仲間はずれに何度もされた。みぞおちを蹴られたこともある。だけど絵や文章をかくのは好きで学校で書いた作文を先生に褒められたりした。嬉しかった。

中学でも成績は良い方だった。吹奏楽部に入部して憧れのフルートパートになった。フルートを吹いている時は本当に幸せだったし生きがいだった。一生続けたいと思っていた。二年生の時に指揮者が二十歳ぐらいの部活のOBになった。毎日物凄い剣幕で怒鳴られた。「俺は練習して来いって言ってるんじゃない、できるようにして来いって言ってるんや、できるようになるための方法も教えてる、なのになんで出来ひんねん、アホ!」こんな指導絶対におかしいと思っていたが一応その人のおかげで演奏のレベルは上がったので他の部員は感謝して尊敬していた。私は別にコンクールで賞を取れなくても楽器が演奏できたらそれで良かった。でも吹奏楽部ってチームだから、多数派に合わせなければいけない。ただでさえ人望のない私一人がどうこう言っても仕方がないのだ。

夏休み中のコンクールが終わって一週間だけ休みをもらったがその間じゅうずっと泣いて気づいたら眠ってまた起きて一日が始まったことに絶望して泣いてパソコンで自殺の方法を調べて気づいたらまた眠っている。食欲も湧かずおにぎりを一口食べるだけで精一杯だ。体重が32キロになった。二学期が始まっても学校に行けなかった。顧問の先生が家に来て次の演奏会は喉の病気になったということでパスにしてあげるから学校に来なさいと言われとりあえずちょっとだけ通えるようになったがそれまで出来ていた勉強も頭に入ってこない。中間テストを受けるのも怖くてまた行けなくなったが中間テスト最終日の放課後には先輩の部活の引退式がありそれにはやっぱり参加しなければいけない。だからせめてそれだけは行こうと思いあえて遅刻したら先生につかまり別室でテストを受けろと言われて別室でテストを受けた。答案用紙に名前を書いたあとは何もできなかった。毎日生きるか死ぬかで泣きながらフラフラしているのにテストの点数とかもうどうでもよくなってしまった。真っ白な答案用紙を残して教室を出て音楽室でお弁当を食べた。なるべく笑顔で元気を装ったら同級生の一人に「あのさあ、ウサギが喉の病気とかさ、みんな信じてないから。誰も言わないけど私は言うから。もう先輩おらんくなるねんで?明日からちゃんと毎日学校来いよ」と言われた。「わかった」と力なく返事した。その後の引退式も元気なふりをしてやり過ごした。家に帰った途端に私は玄関で倒れた。死ななければいけない。

私は本当は何も悪くないことはわかっていたが結局周りに合わせられないのは悪いことになるんだ。悔しいがもう死ぬことしかできない。精神科の思春期外来は半年先まで予約がいっぱいだ。そこで母がタウンページで見つけた臨床心理を掲げるカウンセリングに連れて行かれた。私は一部始終をぽつぽつ話した。カウンセラーのおばさんはとりあえず全部慰めてくれた。結局ずっと仮病を使って休んでいるから余計に責められるしどうしたらいいのかわからないと言ったらカウンセラーの立場から見てもここまで精神的に追い詰められているということを紙に書いて学校に提出して一旦休息を取りましょうと言ってもらえた。やっと救われたと思った。実際救われたしそのことは感謝しているが後に大変なことに気づいてしまう。そのカウンセラーのおばさんは臨床心理士の資格を持っていないのに臨床心理を名乗りカウンセリングをしていたのだ。専門知識の代わりに占いとか霊感とか宗教チックな自己啓発を教えられて精神科の薬を飲んではいけないと言われ私はそれをまんまと信じていた。

カウンセラーをおかしいと感じ始めてやりきれなくなった高校三年生の秋、進路を決めなければいけないがその時ちょうど友達とぶつかり「ウサギは人の気持ちがわからない」と言われもう将来どの大学にするかとかよりも死にたい、死ぬしかやりたいことがないという気持ちでドラッグストアへ向かい黄色いラムネを買って飲んだ。それが最初だった。そのまま進路を決めないままとりあえず高校は卒業してニートになった。それでも自分の人生をどうにかしたいという希望がまだあったので一浪して女子美に合格し上京したが結局黄色いラムネはやめられず、ある日やりすぎて冒頭の救急搬送の話になった。

それからもうすぐ2年が経つがやっぱり黄色いラムネはやめられていない。もう人生に希望を持てないし仕事も恋愛も勉強も趣味も何もしていない。後悔があるとしたらディズニーランドに行きたかったことぐらいかな。エレクトリカルパレードを見たいな。カリブの海賊も気になる。あとはせめて何かおいしいものでも食べたいね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る