11.小悪魔後輩とデート(天使付き)




 土曜日の朝。速達で届けてもらった子供用の服装(白いワンピース)に身を包んだセリスと共に、俺はさくらとの待ち合わせ場所に向かった。


 二人で並んで歩いていると、互いに無言で気まずかったので俺は適当に話しかける。


「なぁセリス、ひとつ聞いていいか」


「……」


 セリスは無言で俺をチラッと見て、「けっ」と吐き捨てるように息を漏らしたが、俺は構わず言葉を続ける。


「お前らの敵が悪魔だっていうのは分かったけどさ、お前らの世界の悪魔ってどんなやつなんだ」


 この世界にも、悪魔という概念は昔からある。人を誘惑して堕落させたり、極悪非道を行って人々困らせてり、基本的に良いイメージはない。


「……簡単に言うと、欲望に忠実な奴ら」


「人間と変わらなくね?」


「まぁ、言ってしまえば、変わらない。こっちの世界にはほぼ純粋な人間しかいないが、ボクらの世界にいるのは、ただの人間ばかりじゃない、色々混ざってる奴がいる。ボクもその一人。リヒトは純粋な人間だけど」


 今は隠されているが、俺はセリスの背中に生えている一対の白い翼のことを思い出す。


「悪魔は、ボクらの世界で言うなら、魔界という大陸に住んでいる、ツノと尻尾が生えた人間のこと。ソイツらは、他の人間と比べて、異様に欲望に忠実。自らの欲求を満たすためなら、手段は問わない。だから、危険。それを止めるために、ボクたちは争っている」


「なるほどね……」


「ボクとリヒトがこの世界に来たのは、未来に現れる魔界の王――魔王が世界を滅ぼすという未来を阻止するため。だが、同じように何かを企んで、悪魔がこっちの世界に来ている」


 確かに先日、放課後に俺は悪魔(の分身?)とやらに襲われた。


「ミツキは、気を付けた方がいい。欲におぼれたヤツは、悪魔にそそのかされて『悪魔堕ち』することがある。お前が悪魔堕ちすると面倒」


「そんなことがあるのか……。ていうか俺、そんなに欲におぼれそうに見える?」


「見える。童貞だし」


 即答するセリス。こいつ失礼過ぎる。でも一応心配してくれてるのか……?


 セリスが言うに、悪魔は仲間を増やすために悪魔でない人間を『悪魔』に堕とすことがあるらしい。悪魔に堕ちた人は悪魔以上に厄介で、止める手段も少ないとのこと。

 どうやって止めるのかセリスに聞いた所、『欲を壊せばいい』と言われた。いまいち要領を得なかったのでさらに詳しく聞こうとしたが、そろそろさくらとの待ち合わせ場所に着きそうだったので、俺はその話を中断して、セリスに余計なことはするなよと言い聞かせた。正直不安しかなかった。こいつ、急に突拍子もない事をやりそうで怖い。。

だいたいセリスとかいうこの変態幼女、全体的に俺を舐めくさってんだよなぁ。


 待ち合せの時間より10分ほど早く着いたが、待ち合わせ場所には既にさくらが居て、彼女は俺を見つけるとこっちに駆け寄ってくる。

 「もーっ、先輩ってばおそ」と、そこまで言いかけたさくらの言葉は、セリスを見つけた瞬間に途切れた。


「わーっ! なんですか先輩っ、この可愛い子はっ!」


 顔を輝かせながら少し屈んで、セリスと視線を合わせるさくら。

 そんなさくらの装いは、上衣は白を基調としたボーダー柄のノースリーブニット。フィット感のある着こなしで、女の子らしい身体のラインが浮き出ている。

 下衣は紺色のフレアスカートで、彼女にしては膝丈より少し上くらいと、そんなに短い訳ではない。

 だがスカートから伸びた白い二つの脚には、言いようもない色気があった。

 彼女が体を動かすたび、肩からかけた白いショルダーバックが揺れ、甘い匂いが微かに漂った。

 首元には青光りする石が装飾されたネックレスが下がっている。髪型はいつものようにシンプルでお洒落なヘアゴムでまとめたツインテールだ。


 ちなみに俺の装いは、適当に見繕ったTシャツとジーパン。後ろポケットには長財布が刺さっている。それくらい。


「先輩、先輩っ! なんで先輩がこんな可愛い子を連れてるんですか?」


「えー、親戚の子だ。どうしても付いてきたいって言うから連れてきた。迷惑だったか?」


 あらかじめ考えておいた言い訳を滔々と述べる。

 リヒトは俺の未来の息子で、セリスはリヒトと結婚するらしいから、あながち間違いでもないかもしれない。

 いや、やっぱりムリがあるな。


「いえいえ迷惑じゃないですよ。むしろこんな可愛らしい子なら大歓迎ですよ」


 そう言って、さくらはセリスに話しかける。


「はじめましてさくらです、名前はなんて言うの?」


 さっきからずっと表情の変化が乏しいセリスは、ジィーッとさくらの瞳を見つめている。

 さすがのさくらも、これにはどう反応していいのか分からないらしく、

 

「せ、先輩、なんでわたしこんなに注目されてるんですか?」


「あー、気に入られたんじゃないの?」


 多分、というか絶対違うけど。

 さくらのことを悪魔だと疑っているから、とは言えない。さくらが悪魔だなんてあり得ないのに。

 小悪魔系ではあるけどな!


「あなた、ミツキのこと、どう思ってるの?」


 見た目に似合わぬ喋り口調で、セリスはさくらに問いかける。


「え? 先輩のこと? うーん、そうですねー。わたしにとって先輩はいい先輩ですよ?」


 それはどういう意味でのいい先輩なんだろうか。いいの前に『都合が』が入っていたりしないだろうか。


「それだけ?」


「うん、それだけ」


 コクリと頷くさくら。その瞳を、セリスはジィーッとしばらく見つめていたが、


「わかった」


 不意に表情を崩した。その表情は、どこか不満げでもあった。

 さくらの反応が予想とは違ったからだろうか。

 まぁ要するに、この様子だとセリスは特に危険はないと判断したようだ。


「よし、じゃあ行こう」


 クイクイと俺の裾を引っ張るセリス。

 

「先輩、今のは何なんだったんですか?」


 純粋な疑問を抱いて、首をかしげるさくら。


「さぁ、何なんだろうな。こいつセリスって言うんだけど、不思議なやつだから」


 より詳しく語ると変態。


「なるほど、セリスちゃんですか。よろしくね、セリスちゃん」


 さくらはにっこりとセリスに笑いかけた。

 それにセリスはこくんと頷くことで応じる。

 

 そして俺たち三人は、既に視界の先に見えている大型ショッピングモールへ向かって歩みを進めた。





「きゃーっ、かわいいっ。やっぱりセリスちゃんなら似合うと思ったーっ」


 俺たちは現在、ショッピングモール内に設置されたとあるブティックを訪れていた。

 さくらは自分用の服や装飾品を求めてここにやって来たらしかったが、いつの間にかセリスを着せ替え人形にして遊びはじめていた。


 セリスも案外満更ではないようで、割とノリノリで着せ替えショーをやっていた。

 こっそり訊いてみると、こっちの世界の服はなかなか良いとのこと。

 屋外で迷わず服を脱ぎ捨てる変態にも、多少の美意識はあったらしい。

 「これならリヒトもイチコロ……」とか呟いてたので、たぶんソッチを狙ってのことだろう。

 まぁ、リヒトの様子を見るに、服を変えた程度でリヒトがセリスを受け入れる感じはなさそうが。

 一体、二人の関係はどういうものなのだろうか。尋ねても、なんかはぐらかされてしまったし。割と気になる。

 

 特にやることもないし、やれることもない俺は、手近の革張りイスに腰掛けて、次から次へとさくらが選ぶ服を試着しているセリスを眺めていた。

 店員さんにとってもセリスの愛らしさは琴線に触れるものがあるらしく、気づけば二、三人ほどが集まって来て、さくらと一緒になって騒いでいた。

 あんたらは仕事しろよ。あとセリスお前、写真撮られてるけどいいのか?

 

 というか、一体俺は何のためにここに連れられて来られたんだろうな……。

 まぁなんとなく予想はつくけど。てか予想はしてたけど。

 そう、あれだ。

 たまに紅葉に連れられる時と同じく、荷物持ちだ。

 つまるところ、荷物ができるまで俺の出番はないのである。

 時折、通り過ぎて行く人たちが、チラリと俺を眺めていく。

 すみません。こんな場に合わない格好でこんなとこにいてすみません。


 居場所のなさを感じて、気まずい思いをしていると、さくらが俺の正面にやって来た。


「先輩っ。先輩は何か見たりしないんですか? ここ、男物も割とありますよ?」


「そういう問題じゃない。俺にファッションの良し悪しは分からん」


「え? でも今日のわたしの服装褒めてくれましたよね?」


「あれは社交辞令だ」


「えーっ! 珍しく先輩が良いって言ってくれるから割と嬉しかったのにーっ!」


 「まったく、先輩は適当なんだからー」とブツブツ言いながら、さくらは俺を押し退けるようにして無理やりイスに座ってきた。ちょっ、近いし狭い。良い匂いするからやめて。


「でも不思議なんですよね。今日の私服を見て、確かに先輩はファッションに興味ないことはわかったんですけど、でもこういうアパレル系のお店に慣れてる感じもあったので、変だなーって」


「あぁ、たまにくるからな。幼馴染のやつと」


「男ですか?」


「いや女」


 そこでさくらが驚愕の表情を見せた。


「え……っ、先輩って本当に女の人の友達いたんですね」


 やっぱり疑ってやがったなこいつ……。


「いるよ、まぁ一人だけだが。たぶん明日も来ることになると思う」


 このショッピングに。


 明日は日曜日。紅葉に荷物持ちを命じられた日だ。

 明日で何とか彼女の機嫌を取り戻さないといけない。

 隣に住んでるんだから、リヒトたちのことがバレるのも時間の問題。いや、実際もうバレてるかもしれない。

 だから早めに説明をしておきたい。

 こんなことになるなら、紅葉が乗り込んできたあの時に説明しておくべきだったと思う。こういうのを後の祭りというのだろうか。


「ふーん……、そうですか……。二日続けて別の女の子とデートですか。いい御身分ですねー」


 さくらはどこか素っ気なく言った。


「え、これってデートだったの?」


「少なくともわたしはそう思ってましたよ? まぁ実はセリスちゃんもいたので、微妙なところですが」


「そういやセリスは?」


 俺は店内を見渡す。先ほどまで着せ替えショーをやっていた試着室にはいないようだ。


「あれ? 今度は自分で選びたいって言ってたので、その辺りにいると思うんですけど、いませんか?」


 俺は立ち上がって店内をくるりと回って、元の場所に戻ってくる。


「いないけど?」


 さくらの顔が青くなった。


「えー……、トイレ……ですかね?」




 付近のトイレにもいなかった。



 さぁ大変だ。てか、面倒だ。あの変態幼女、どこ行きやがった。





 ちなみに誘拐だろうが、迷子だろうが、俺は特に心配していない。

 だってセリスは本物の天使なのである。異世界からやってきたデタラメ魔法使いだ。さらに言えば勇者まで恐怖させる変態だ。心配するようなことが起こるはずもないし、ぶっちゃけ俺にとってそこまで思い入れもない。

 出会ってまだ丸二日も経ってない上に、(主に性格が)可愛くない幼女だからなぁ……。


 だがさくらは違ったようで。


「うー、わたしのせいですかね? セリスちゃんどこ行っちゃったんでしょう」


 俺の隣ではソワソワと落ち着きがないさくらが、キョロキョロ周囲を見渡している。


「ちょっとーっ、先輩落ち着きすぎじゃないですか?」


 さくらがちょっと怒ったように俺をにらんだ。


「可愛い可愛い親戚の子なんでしょ? 心配じゃないんですかっ?」


 可愛くはない。それだけは断言する。あんなに可愛くない幼女、初めて見たわ。容姿が愛らしいだけに、余計に可愛くない。


「いや、まぁ、しっかりした子だから。迷子の放送もしてもらったし、そのうち見つかると思う」


「そういえば年の割に落ち着いた子でしたもんね。わたしセリスちゃんの年齢知りませんけど、いくつなんですか?」


 怖くて聞けていません。まぁ見た目的には十二歳くらいだけど、それはセリスの纏う落ち着いた雰囲気が歳を上に見せている可能性が高い。

 完全に身長と容貌だけで考えたら……、


「十歳……くらいだったかな?」


 小学生なら四年生、五年生とか、そのあたりか。


「ちょうど一昨日、うちの高校の近くの公園で、襲われた女の子がいたらしいですけど、同じくらいですよね……」


 深刻なトーンで言うさくら。

 同じくらいというか、本人そのものなんだけどな。あと一つ間違いを正せば、襲われたじゃなくて襲った側なんだよな。

 

「セリスちゃん天使みたいに可愛いから、本当に心配なんですけど……っ! ちょっと先輩っ! わたし先輩がこんな人でなしだとは思ってませんでした! もっと真剣に探してください!」


 さくらが俺の肩を掴んでグラグラと揺する。

 実は今は隠しているだけで本当に白い翼を持ってるんだけどね、あの子。

 まぁ何の前振りもなくそんなこと言っても信じてもらえないので、


「わ、わかった、俺も真剣に探す。手分けしよう。だから揺らすな……っ」


「あ、そうですね。何で気づかなかったんでしょう。そうしましょう。じゃあわたしはこっち探すので」


 早口に言ってさくらは俺から手を離すと、タッタッタと駆けて行った。

 まぁ、見えないところで色々やらかされても困るし、俺も真剣に探そう。


 でもどうしていなくなったのか。

 それは確かに疑問だ。

 さすがのアイツも無意味に俺を心配させることはないと思うから……。たぶん。


 何かがあったのだろうか。

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