ウチの学校に魔王がいるらしい(勇者談)

青井かいか

1.ウチの学校に魔王がいるらしい(勇者談)



「待っていたぞ、あるじ


 ある日のこと、俺が家に帰ると美少年・・・がいた。


 美少年である。美少女じゃない。だからそれは決して俺の幻覚でないと言い切れた。幻覚を見るならとびきりかわいい女の子、いわゆる美少女が出てくるはずだから。


 そいつは俺の家に勝手に上がり込んでいた、土足で。仁王立ちで。腕を組んで。


「…………」


 玄関に入ってすぐにその光景を見咎めた俺は、素早くドアを閉じる。バタンッと。


「あ、待ってくれ主!」


 澄んだ美少年ボイスが聞こえるが無視する。

 すーはーと呼吸を整える俺。視線の先には、青い空が広がっていた、いい天気だ。二、三匹の小鳥が、視界の端をパタパタと飛んでいく。

 そうして俺は落ち着いてから、表札と番号を確認。


 『河合』――『408』


 うん、俺んだ。6階建てのマンションの4階にある俺が借りている俺の部屋だ。


 俺は今さっき、ドアを開けた途端に目の前に出現した白皙の美少年の姿形を思い出す。


 なんだ、あのイケメンは……。


 それもただのイケメンじゃなかった。限界を超えたイケメン。スーパーイケメンだった。

 放っているオーラが違った。キラッキラしてた。

 少なくとも俺が人生で見た中で一番のイケメンだった。それも圧倒的大差で優勝だ。金メダルだ。表彰台だ。


 イケメン過ぎて、嫉妬すら起こらないレベルだった。

 俺の親戚という選択肢はあり得ない。あんなイケメンの遺伝子が俺の身にも入っているとは思えない。


 もし俺が冴えない女の子だったら、これからどんどんと新たなイケメンが現れて、逆ハー展開のドタバタラブコメが始まっているところだ。

 残念ながら俺は冴えない男の子なので、そんな展開にはならない。


 だったら誰だ? 意味不明が過ぎる。ていうか俺のことあるじとか呼んでなかったか?

 そういえば服装も変だったような……。

 

 人は興味には逆らえないものである。もう一回見てみるか……。


 俺は再度呼吸を整えると、自分の家のドアを、恐る恐る開いた。なぜ自宅に入るのにここまで恐れなければならないのか。


 ドアを押して開ける。そして再び現れる超絶イケメン美少年の姿。眩しい。


 美少年は、俺の顔を見ると、ホッと胸をなでおろした。そんな仕草もイケメンだった。


「あぁよかった、帰ってきてくれたのだな」


 落ち着いて聞いてみると、声もよかった。透き通るような少し高めの声。俗にいうイケヴォである。


「誰だてめぇ」


 俺の第一声がそれだった。

 俺はキレていた。相手が美少年だからキレたわけじゃない。

 勝手に俺ん家に上り込んでいた不届きものにキレたのだ。こんなの誰だって怒るわ。


「いいか、もう一度聞くぞ、なんだお前は」


 俺は目の前のきょとんとしている美少年に詰め寄る。

 見れば見る程おかしな奴だ。コスプレでもしているのだろうか。派手な格好だった。

 まるでファンタジー系の漫画なんかに出てくるイケメン騎士みたいな装いだ。腰に剣鞘まで刺さっている。

 このままこいつコスプレイベントの中に放り出せば、立ち所に大量の人(主に女子)に囲まれることだろう。


 改めて言わせて貰えば、一目で分かるイケメンであり、一目で分かる不審者だった。


 俺に睨まれ、詰問された美少年は、納得したように頷くと、俺に向かって爽やかにこう言った。


「ボクは勇者だ。魔王を探しに来た。そして――」


 そこまで口にした所で、俺はそいつの両頬を引き千切る気持ちで掴む。危ない、あと少しで殴り飛ばすところだった。


「ひゃっ!? い、いひゃいっ! あ、あうひっ! ひほいお!」


 何を言ってるか分からなかったが、とりあえず無視して俺はそいつに顔を近づけた。


「次にふざけたらこの4階から突き落とすぞ。ちゃんと説明しろ」


 そして手を離す。

 イケメンは頰をさすりながら、怯んだ様子もなく言った。


「すまん、確かに主にとっては唐突だったかもしれない。しかしボクはふざけたつもりはない。ボクは勇者であり、そして魔王を探しに来た。いや、正確に言えば魔王の前世と言うべきか」


 ……いや何言ってんだこいつ。怒りを通り越して呆れる。

 この超絶イケメン美少年の狙いが分からない。

 一体何がしたいんだこいつは。


「ふーむ、信じてくれないか。まぁ、仕方のないことことだが……」


 考え込むように顎に手を添えるイケメン。そんな何気ない仕草でさえ映画のワンシーンみたいに様になっている。

 

 不意に、イケメンがポンと手のひらを打った。どうやら何かを思いついたらしい。漫画なら多分頭の上に電球が光っている。そんな顔だ。


「ならば、これならどうだろう」


 イケメンは澄んだ瞳で俺を見て、パチリと指を鳴らした。

 それと同時、ボッと俺とそいつの間の中空で炎が燃え上がった・・・・・・・


「なっ!?」


 思わず声が出た。

 手品か? いや、それにしては……。


 続けてイケメンが、指揮棒タクトでも振るうように指先を払った。その動きに合わせて、炎の塊が形を変える。

 グニャリと形を歪め、立派な剣の形になった火炎は、今度は五つに分裂してイケメンの周囲を囲む。

 五振りの剣は、剣先を天に向け、グルグルとイケメンの周囲を回る。


 まるで夢か何かを見ているようだった。だがこれは夢ではない。そうと断ずる証拠はないけれど、俺はそう思った。


 続けてイケメンが、スラリと伸びた指先を振る。

 すると、その五振りの炎の剣は、剣先を居間の方角へ向けて、停止。そして、次の瞬間、弓矢のように直線に飛んだ。



「――――ッ!?」



 剣はそれぞれ居間の壁に突き刺さると、カッと光を撒き散らしながら爆発した。

 爆風と熱気が溢れかえって、俺の部屋が粉々に破壊――吹き飛ばされる。家具や壁の破片がそこらに飛び散った。


「――――」


 驚愕のあまり声が出ない。パクパクと金魚のように口を開閉させ、俺はしばらく固まる。

 そんな俺を、イケメンが心配するように覗き込んだ。


「すまない主。少しやり過ぎたか?」


 その声で我を取り戻した俺は、バッとイケメンに摑みかかる。


「お、お前! なにして――」


「お、落ち着いてくれ主、今のは幻術だ」


 ――――幻術?


 ハッと俺は居間の方を見る。


「あっ」


 声こぼれる。驚愕と安堵が入り混じった声。


 俺の部屋は、何事もなかったように無傷だったのだ。

 どこも破壊なんかされちゃいない。


 だが、今起こった出来事は、手品の一言で片付けていいものではなかった。


 そう、まるでそれは――――、


「魔法……」


「さすが主だ。察しがいい。今のは幻術魔法の一種だ」


 俺のつぶやきを聞いたイケメンが感心したように言った。


「な、何なんだよお前は……」


「ボクは勇者だ。これからよろしくお願いする、主」


 まるでヨーロッパ系の映画に出てくる騎士の如く、その美少年は華麗に、恭しく一礼した。

 


 

 ◯



 前世と来世。その言葉については誰もが考えたことがあるだろう。

 

 そして異世界。この地球とは全く別の場所にある異なった世界の存在。これに関しても誰だって考えたことくらいはあるはずだ。


 俺の前に突然現れたイケメン――名前をリヒトと言うらしいが、彼はそれらの実在を語った。


 リヒト曰く、この地球の裏側・・には、彼が住む別の世界――つまり異世界があるらしい。それも魔法があるファンタジー世界。


 その二つの世界は、紙の裏と表のような関係であり、繋がっているが互いに干渉することはない。


「だがつい最近のことだ。裏側の世界に移動する方法が見つかった。未だ極秘の手段だがな」


 リヒトが言う裏側の世界とは、まさにここ、地球のことである。


 さらに彼が語る言葉をまとめると、その二つの世界は前世と来世という形で結びついているらしい。


 人はいつか死ぬ。いや、人だけでなく生き物は必ず死を迎える時が来る。

 そうして命を失った生き物の魂は、裏側の世界へと向かい、新たな生を受けるらしい。

 全ての生きとし生けるものは、そんなループを繰り返している。いつともわからない、はるか昔からずっと、ずっと。

 そして、人間として死んだからといって、来世も人間である保証はないらしい。

 

「それで? 俺の学校に、魔王の前世がいるって?」


「そうだ」


 リヒトは頷く。


 彼の世界で、少し前にこんな予言があったらしい。

 絶対的な魔王が現れ、人間は滅ぼされると。


 地球でもノストラダムスの予言なんかで滅亡が騒がれたりしたが、結局は何もなかった。

 しかし彼の世界での予言というのはこちらとは少しニュアンスが違うらしく。

 『外すことは出来ても、基本的に外れることはない』らしい。意味がわからない。


「えーと、つまり未だに理解はしきれてないんだが、お前はその予言を外す・・ためにここに来たと?」


「そういうことだ。ボクは勇者に選ばれた。人々を守る使命がある」


「まぁ分かった。お前の言いたいことは、理解はできないししたくもないけど、何となく分かったことにしよう。だが、まだ大きな疑問が一つある」


「なんだ? あるじ


「それだよ!」


「む?」


「なんで! お前が! 俺の家にいて、俺を主なんて呼んでいるのかが一番の疑問だ!」


 全力で叫んだせいで、はぁはぁと息が切れる。

 

「落ち着いてくれ主」


 誰のせいだと思ってんだ。


「ちゃんとそれも説明する」


 それを聞いて、勢い余って立ち上がってしまっていた俺は座り直す。


「前世と来世の関係性は説明したな」


「あぁ」


「つまりボクは、来世はこの世界で生を受ける訳だ」


「そういうことになるな」


「どうやらボクの来世は、主の息子として生を受けることになっているらしい」


「はぁぁぁあああ!!??」


「つまり本来は父上か父殿ちちどのと呼びたいところであるが、流石に違和感があるのでな。主と呼ばせてもらうことにした」


「お前が、俺の、息子になるって?」


「そうだ。この世界に来ることが決まった時、ボクはどこを拠点にしようか悩んだ。そこで思い至った訳だ。そうだ、父殿の世話になろう。どうだ、完璧ではないか?」


 「褒めてくれ」と言わんばかりにドヤ顔を見せつけて来るリヒトを、俺は反射的に張り倒しそうになったが、凄まじい精神力でなんとか堪える。


「ど、こ、が、完璧だよ!? 例えお前が俺の息子になるんだとしても、今のお前に手を貸す理由は全くない!!」


 全力で叫んだ。なんでこんな怪しい奴をウチに置かねばならんのだ。言っとくが俺はコイツの言った話を鵜呑みにした訳じゃない。


「そう言わないでくれ、息子の頼みだ」


「ふざっけんな!」


 ――ピンポーン――


 インターホンが鳴った。


 それが聞こえた瞬間、俺の背筋に寒気が走る。

 ひとまずリヒトに「黙っとけよ」といったところ、「了解した!」と元気よくお返事をしたので、ついに張り倒してしまった。

 「痛い、痛いぞ主……っ!」と頰を抑えて呻くリヒトを無視して、俺は誰がやって来たのかを確認する。


 玄関前の様子を映し出している画面を確認したところ、そこにいたのは隣に住んでいる幼馴染の紅葉もみじだった。


「あー、もうなんでこんな時に限って!」


 俺は急いで玄関に向かう。扉を開けると、不機嫌そうな紅葉がいた。


「なんか用か?」


 なるべくいつも通りを装う。


「なんか用か? じゃないわよ。さっきからかなりうるさいんだけど、誰が遊びに来てるの?」


「いっ、いや、来てない、誰も来てない」


 動揺を見せてしまった。紅葉の表情が俺を疑うものに変わる。


「それにしては話し声みたいなのも聞こえて来たけど」


「えー、いや、それは、そう! ゲームっ、ゲームやってたら盛り上がって」


「ふーん、ゲームね……」


 やばい、完全に俺を怪しんでいる。


「なんで嘘つくの?」


 あっさりばれた。


 ここで俺に与えられた選択肢は二つ。


 嘘を突き通すか、素直に事情を説明するか。

 

 腕を組んで俺を睨むように見つめる紅葉。イラついていらっしゃる。

 むしろ俺の方がイライラしたい状況なんですが。


 長年の経験から、嘘を突き通すのは無理と判断した俺は、正直に話す。


「すまん、嘘だった。人が来てる」


「だれが?」


 なんと答えようか俺は悩む。

 勇者なんて言ったら頭おかしい奴扱いされるし、息子なんて言ったら病院に連れていかれそうだ。

 イケメンって言うのもなんだかなぁ……と考えた俺は、紛れも無い一つの事実を告げた。


「男だ」


 よし、嘘はついてない。


「……女? 女が来てるの?」


 信じてもらえなかった。

 俺の挙動不審のせいか、変な勘違いをしたらしい紅葉は俺を問い詰める。


「同じクラスの女子?」


「いやだから女の子じゃ無いって、男だよ男」


「ふーん、じゃあちょっと会わせてくれない?」


 俺を押し退けて中に上がり込もうとする紅葉。


「な、なんで会わせないといけないんだよ」


 それをどうにか阻止する俺。


「逆になんで会っちゃいけないのよ」


「そ、それは……、と、とにかくダメだって」


「ますます怪しい」


「うぉっ、ちょ、紅葉ストップ!」


 なんで女なのに俺より力があるんだこいつは……!

 無理矢理俺を押し退けて、居間に駆け込む紅葉。


 あっ、ちょっ、ヤバイって……っ!


 慌てて俺もその後を追う。そして、居間の中を見て、固まっている紅葉の背後からその様子を視界に入れた。


 そこでは、修行僧のように坐禅ざぜんを組んで瞳を閉じているリヒトがいた。


 何やってんだこいつ……。しかもなんでちょっと様になってんだよ!


 リヒトを見つめて固まっている紅葉。


 そんなタイミングで、リヒトがパチリと目を開ける。

 そして紅葉の姿を見つけると、こう叫んだ。



「――母殿ははどのではないか!」



 次の瞬間、俺はリヒトを蹴り飛ばしていた。

 

 「フゴォっ!」とイケメンに似合わない無様な声を上げながら、吹き飛んで壁に叩きつけられるリヒト。

 潰れたカエルみたいな声で呻きながら、リヒトは床の上に転がった。


「ちょっとあんた! いきなり何してんのよ!」


 ハッと意識を取り戻して、紅葉がリヒトに側に寄る。


「大丈夫……?」


「む、無論……、ボクは勇者故、この程度ではなんともない。し、しかし流石父殿だ。中々いい蹴りを持っている」


「え、勇者? 父殿?」


「あー、もう!!」


 俺はリヒトから紅葉を無理矢理引き剥がすと、混乱している彼女の背中を押して家の外へ追い出す。


「ちょっと実樹みつき! 説明しなさいよ!」


 そう喚く紅葉を無視して、俺は扉を閉めて鍵をかけ、インターホンの電源を切った。

 ガンガンと扉を叩く音がするが、無視する。


 そして居間に戻り、何事もなかったかのように正座しているリヒトに向かって叫ぶ。

 

「おいこら! 黙ってろって言ったろ!」

 

「すまない主、つい口が滑ってしまった」


「あぁ、本当にもう、ややこしいことになった」


 とは言え、それよりも、なによりも気になるのは……、


「リヒトお前、さっき紅葉のことを『母殿』って呼んだよな」


「そうだな、あの方は来世でのボクの母にあたる」


「…………。えー、それはつまり?」


「主の奥方。まぁ要するに主の未来の妻だ」


 気付いた時には、俺はリヒトの胸ぐらを掴んでブンブンと揺さぶっていた。


「なんで、そんなことが、分かるんだよ……!」


「よ、よげ、予言だっ、あ、主、揺らすのは勘弁ねが、……あ、主!?」


「……マジかよ」


 複雑な気分だった。すごく複雑だった。もうこれはうまく言葉にできない。

 ただ一つ思うのは、明日からどうやって彼女と顔を合わせればいいのか、ということだ。

 いかん、何か顔が熱くなってきた。平常心、平常心……。


「……いや待て、まだ決まってるわけではないのか。こんな胡散臭い奴の戯言だし……」


 ひとまず忘れよう。うん。


「まぁ、とりあえず話を続けようか、主」


「お前に仕切られんのって、なんかムカつくな」


「まぁ、そう言わないでくれ。今から話すのは、魔王の前世の者を見つけるための、これからの手順だ」


「そのすごい予言とやらで、簡単に見つけられるんじゃないのか?」


 皮肉を込めて言った。


「そうなのだが……、魔王に関しては絞りきれていないのだ。分かっている手がかりは、その者が、主と同じ学校に通っているということと、その者の背中に六芒星の形をしたあざがあるということだけなのだ」


 そしてリヒトは続ける。

 魔王の前世さえ見つけることが出来れば、その予言を外すことができると。

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