第10話 ライバル・ムギ
雲ひとつない晴天。
昼下がりの牧場前には少年少女。
「ちっ、聖女候補生だかなんたか知らないけど、モフモンバトルをなめてるに違いないんだぜ……」
他人のキャップを被って、自信満々の凛々しい顔してるユウリを見て、顔をしかめる。
美少女にかぶってもらえて、嬉しい気持ちになっている事はない。ないったらない。
ムギはやわらか玉を取り出す。
「一泡吹かせてやるぜ。いけ、モッフ!」
「メェエ!」
クシャッと握って、手を開く。
やわらか玉から、モッフが飛び出した。
大きな体にもこもこの白毛。小さい頃からいっしよに育ってきたムギの相棒だ。
(ムギはモッフを使うんだ……なら、わたしは)
「コペルニクス、君に決めた!」
「オニャ!」
ぴょんっと踊りでるコペルニクス。
モフモンバトルは、こうしてモフモンを持つテイマー同士が、所持モフモンを1対1で戦わせるのスタンダードである。
そして、個体スキルと呼ばれる、モフモン独自のワザを使ってテイマーはバトルを組み立てていくのだ。
現代では、やわらか玉の普及でテイマーは急速に数を増やしている。属性の有利不利、個体スキルの見極め、的確な指示が求められるスリリングな戦い。
近年注目をあびている競技だ。
「メェエ…」
フランは不満げに鳴いた。
自分も戦いたいと言ってるようだ。
「ごめんね、フランは今回はお休みね」
(ミラーマッチもいいけど、初戦だしね)
ユウリはムギに向き直る。
闘争心が宿る青い瞳。
凛々しい眼差しが、戦いこそ、彼女の望むものだと見る者たちに教える。
「いくよ、ムギ」
「お、おう! かかってこいだぜ!」
バトルが始まった。
「小綺麗な候補生さまに、バトルの厳しさを教えるぞ! モッフ、『たいあたり』だぜ!」
「メェエ!」
モッフがコペルニクスに勢いよくぶつかりにいく。
「コペルニクス、よけて!」
「オニャ」
モッフのたいあたりを、華麗にかわすコペルニクス。
「そこで、『ひっかく』!」
すかさず鋭い爪がモッフを襲い掛かる。
ズシャリ。モッフはころころ転がって、ダメージを受けた。
「メェエ…!」
「モッフ! よし、まだいけるな、ひるんじゃダメだ、もう一度『たいあたり』だぜ!」
「メェエっ!」
負けたくないモッフのガッツ。
力強く大地を蹴ってコペルニクスへの反撃に出る。
「コペルニクス、『マジックパワー』!」
ユウリは常々試したいと思っていた個体スキルを発動した。
「オニャ…オニャ…オニャオニャーっ!」
コペルニクスは二つ折りに畳まれた、柔らかい長耳をピンッとたてる。
オニャニクスが普段長い耳を二つ折りにしているのは、そこに強力な魔法器官があるからだ。普段は危険なので封印してるのだ。
力は戦いの場でこそ、解放される。
「メ、メェエ?!」
「も、モッフー……ッ! なんだこれ?!」
ムギのモッフは、コペルニクスの『マジックパワー』によって宙に浮かび上がる。やけになって『たいあたり』を敢行したいたせいで避けることが頭から抜けていた。
しかし、こんな時になってユウリの発作が始まった。
(くっ、ぅっ! まずい、モフ味が切れた…もふもふ、コペルニクスの尻尾っ、もふもふしないと、くっ、うぅう…ッ)
「はぁ、はあ、はやく決めないと…コペルニクス! そのまま叩きつけちゃって!」
「オニャニャー!」
コペルニクスの耳が、青紫色の輝きを増幅させた。ユウリの苦しそうな顔が、彼に最大の力を発揮させる。表情があまりにも険しいので、モフ味に飢えてるとは見えなかった。
「メェエェエ〜ッ?!」
マジックパワーが炸裂して、モッフは整えられた芝生に思いっきり落とされる。
地面が爆発し、巻き上がる砂埃。
もふもふの毛がバウンドしていく。
やがて、売店前の砂埃がおさまると、その中には、へにゃーっとして動かなくなったモッフの姿を見つけた。
ユウリは想像を超える破壊力に、戦慄する。コペルニクスも自分がこんな強力な『マジックパワー』を使えると思っていなかったのかポカンとしていた。
「モッフ! 立つんだ、立ってくれ!」
ムギの声は届かない。
牧場主オオイネは見切りをつける。
「モッフ、戦闘不能! ユウリさまの勝利です!」
父親の宣言で、ムギの戦いは終わった。
虚脱顔に目の前が真っ暗になってしまう。
(やった! アッシュの真似したら勝てたよ!)
アニメを見続けた経験値は伊達じゃない。
ユウリのモフモンバトルの才能は、はじめから高い領域に到達していたようだった。
「やったね、コペルニクス!」
「オニャァ〜!」
喜色満面のコペルニクスが、てふてふ、歩いてきてユウリに飛びついた。紺色の毛並みをモフる。顔をうずめ鼻をスンスン動かす。
(ああ〜癒される〜! 回復全快!)
あと少し吸引が遅れていたら、それこそ芝生のうえをのたうち回ってところだ。
「そんな…オレ、バトルでも…負けた……?」
ムギは膝から崩れ落ちる。
闘志を燃やしていたのは劣等感ゆえ。
今回のモフモンバトルでの圧倒的なまでの敗北は、若き少年にとって痛烈なものだ。
「ムギ! すっごく楽しかったよ!」
「っ、ユウリ……」
走り寄っていくる怨敵。
彼女の口調はいつしか優等生から、気さくな友達へのものに変わっていた。
「でも、このキャップはまだ返せないかもね」
「……くそっ、次は、次は負けない…」
ムギは込み上げてくる感情を抑え込んで、よろめき立ちあがる。
ユウリはキョトンとし、すぐに満面の笑顔をうかべた。
「またバトルしようよ、ムギ!」
「……」
ムギはニコニコ楽しそうなユウリを見つめる。
くそ、そんなにオレを倒せて嬉しいか。
ムギは悔しさに歯噛みする。
そして、少年は決心した。
必ず強くなってユウリを打ち負かすと。
「ああ、絶対に次は負けないぜ」
その後、バトルしている所を目撃されたことで、ユウリはアウラ神父に連れ戻された。
大量に孤児院に寄付されたモゥモウミルクのおかげで、聖女候補生たちからの評価はあがったが、罰則として朝食当番を1週間分がユウリに課せられるのだった。
────────────────────────────────────
一方、その頃、ムギは……。
「ほんとうに行くのか?」
「ああ…オレ、兄貴みたいに最強の【テイマー】になって、あいつに絶対勝つんだ……!」
父親の反対を押し切って、少年は荷物を背負う。
かたわらには相棒のモッフがいる。
「そうか……よかった、ムギ。お前は熱くさせてけれるモノに出会えたんだな…っ」
「……行ってきます」
その晩、ムギは修行の旅に出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます