3月
「さて、チャイムも鳴りましたし、授業を始めましょうか。今日は分子式についてやっていきましょう。眠いけどお互い頑張りましょうね。」
二年生は大変だろうな。三年生は卒業し、テストがないのにも関わらず勉強を受けさせられる。正直私も面倒だ。テストがあるならまだしも。
なぜ私が高校の教師になったのか?そんなのは簡単だ。生徒は教師に手を出さない、よってどれだけ酷いことをしても無傷で居られる、と思ったからだ。もちろん例外はいるが、私はそんなに力が弱い方ではない。細身で簡単に倒せるとは思われるだろうが。そんな訳で教師という職業は天職だ。
そうだな、教師をして何人もの絶望した顔を見てきた。最初の子は凜という女の子だった。アパレル会社に就職したかったんだと思う。その子は放課後によく被服室、パソコン室を使って服の勉強をしていた。私はすごく感心をしたと同時に、悲しい顔を見てみたいと思った。
ある日、帰りのショートホームルームでその子の素晴らしさを説明した。そしてその後、放課後教室に残っていた凜が入ってる仲良しのグループの子達にこう囁いた。
「凜さんは放課後、内緒で
たった一言で見事に崩れた。先生は嘘つかないと信じてくれたものだ。仲良しグループでもこんなにも簡単に崩れるなんて。
先生という立場が最高だった。明日がある若者達を地の底に叩き落とすこの高揚感。悲しい顔を見せてくれる生徒達。
非常に、非常に幸せだった。
それが最初に担任を持ったときの出来事であり、私がこの職業をしたいと思う理由だ。
キーンコーンとチャイムが鳴る。
「今日はここまでね。先生は優しいからみんなには課題を出さないであげようかな。じゃあまた明後日の授業で会おうか。」と、言って私は教室を出て科学室へ向かう。
廊下では授業の終わった二年生たちが色々な話をしていた。「俺らももう三年だな。てか、覚えてる?教室で自殺したあの子ももう一年経つんだってさ。」「そりゃあんなグロテスクなの覚えてるに決まってんじゃん。今まで見た映画より全然怖かったね。」という声。あの子は完璧で、ちょっとアドバイスをしたら最高な結末を描いてくれた。名前は…そう、吹雪。吹雪の友達も後を追って自分の家で自殺したんだったか。吹雪は最高な人材だったね。
私が選んだのは凜と吹雪だけではない。他にも沢山いる。
一昨年のこと。完璧すぎる彼氏を持っている、夢という名前の女子がいた。彼氏は私を下に見ているようで鼻についた。だからその男の悲しむ顔が見たくて、夢に5時間後発現する睡眠薬と毒薬を混ぜたジュースを出した。科学の力はすごいものだ。今ではなんでも出来てしまう。そうやって人を殺すことも。
他にも殺した生徒がいる。それは科学が好きでよく私に質問してくる男子。彼は曲がったことがとことん嫌いで色々問題を起こしていた。そんな彼にはこんな言葉を贈った。「自分の個性を忘れないこと。他のみんなと同じようにね。」と、いう皮肉の効いた言葉だ。彼はその一週間後、学校にも来ていなく、家にも帰っていないということで警察が動いた。河川敷で溺死していたということをその次の日には伝えられた。その防犯カメラを見ると大きな橋から飛び降りた姿が映っていた。彼はとてもいい顔をしていた。
ただ、その一方、生徒が死んでしまった年は色々と大変だ。なにしろ葬式だのなんだのがとても面倒でしかなかった(まあ私が殺しているわけだが)。殺すのが
だからあえて殺さずに悲しみを描くこともした。多重人格の蘭という入学したばっかりの子を、いじめるように生徒に仕向け、病院送りにした。そこで蘭のことを庇っていた(多分好きだったんだと思う)優という男子に蘭の病院を教えた。悲劇を生むのか生まないのかという、ある種の実験だった。
2ヶ月ほど経ったある日、彼は暗い顔で科学室で「先生、多重人格ってなくなったらもう戻らないんですかね。」と、口を開いた。私はもちろん戻らないと、しっかり現実を突き付けてやったあの瞬間は最高だった。
でもそれくらいか、私が手をかけたのは。数えてみると7人。沢山と言ったが少ないな。もっと殺してしまおうか、それともギリギリを責めて悲しくさせようか。次は、と思ったときに「失礼します」という声が聞こえた。
サラッとした長い髪。スタイルはいい方か。目が誰かに似てるような気がする。誰だろうか、綺麗だがこれという特徴はない感じ。確か……。
「んーと、桐生さんだったかな?」
「はい!桐生です!」
正直、下の名前が思い出せない。でもそれ以上にこんなに活発な子だったかな。もっとトゲがあるようなイメージだったのだが。
「先生、ここ質問なんですけど、なんで
「Nの最外殻電子はいくつかわかるかい?」
「確かNの電子って7でしたよね。だから……5ですか……?」
「そうだよ。話が早くていいね。共有結合というのはお互いの最外殻電子が8になるようにお互いの電子を共有するんだよね。」
「ああ!そういうことですか!だからお互い電子を3つずつ貸して8になるってことか!」
「そういうこと。君は物分かりがいいね。とても良いことだ。」
決めた。私はこの子を次のターゲットにしよう。そうだな、どんな悲劇を生もうかな。そう考えているともっと近くに来てくれた。私が好きなのか?まさか。
「先生って身長いくつですか?」
「180ないくらいだと思うよ。でも急にどうしたんだい?」
「いやぁ私好きなんですよ。身長高くて知的な男性が。」
「ふむ?ハニートラップかな。それは困っちゃうよ。」
「あはは!先生なに言ってるんですか~。」桐生は笑いながらでそう言う。
「だってお父さんじゃないですか」
ジャギッという金属が擦れる音がした。桐生が持っていたのは包丁。ノートの下に隠されていたようだった。傷口から出てきた血が白いシャツに染み込んでいる。
これはもう手遅れか。心臓を深くまで刺されている感じがする。
桐生……。
「私の名前知ってますか。愛に那って書いてえなって読みます。お母さんの名前の頭文字の"え"に、お父さんの名前の"な"。」
「桐生……。そうか、桐生か。」
「お父さん、ようやく気付きましたか。ええ、そうですよ。あなたに暴力を振られ孕まされた、桐生愛美の子供、桐生愛那です。」
ぼうっとする。手足の感覚がもうない。私は膝をついた。
「私は
「えなが…したかったことは……。」
「私は二年間ずっと好きな先輩がいました。お父さんを殺さなきゃ私の心が晴れなかった。だから告白できなかったんですよ。」
もう、ダメだな。身体からもう力が抜けきってしまった。声を出すことは出来ない。
「これじゃ…これじゃあ犯罪者じゃないですか……。私は、私は好きなのに!誰よりも好きだって言葉を伝えたかったのに!!」
ああ……。これ以上ないほどに最高だ。自分の実の娘と会って、娘は悲劇を抱いている。
もう耳が機能を失ったのか、一切の音が聞こえなくなった。愛那はなにを言っているんだろう。さあ。
なんて、幸せなのだろう。私は涙が溢れていたことに気づいた。ありがとう、ありがとな。声には出来ない。まあ、いいか。
そっと目を瞑った。
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