24.魔女マリア

 そうこうしている内に、車は滑り込むようにポーチの前に横付けされる。

 シートベルトを外して車から外に出た鞍馬さんに続くように、私もドアを開けて車から出ると改めて目の前にそびえるお屋敷を見上げた。少し派手な感じもあるけれど、全体的に趣味のいいお屋敷だと感じる。

 鞍馬さんは慣れた足取りでポーチの階段を駆け上がると、後ろを振り返って私を手招きした。私も恐る恐る階段を上がって両開きの玄関扉の前まで行くと、どこからかふんわりと華やかな香りが漂ってきたのを感じる。

 これは……薔薇の香り?

 どこから香ってくるのか不思議に思った私がくんくんと鼻を利かせていると、香りは少しずつ強くなっていく。それと時を同じくして、玄関扉の向こうからカツカツと高らかでリズミカルなハイヒールの靴音が聞こえてきた。

 その靴音は一直線にこちらへ向かってきて、カツンと一際高い音を立ててから玄関扉のすぐ向こうで止まる。一瞬の静けさ。

 しかし次の瞬間、玄関扉はバンと大きな音と共に開け放たれた。

「ハァ~イ!! ご無沙汰じゃない、鞍馬く~ん?」

「……!?」

 よく通る大きな声がその場に響き渡るのと同時に、ぶわり、と薔薇の香りがより一層強くなる。開いた玄関扉の向こうに舞台の登場人物を思わせる派手な衣装を身にまとった人物が両手を大きく広げ、迎え入れるように立っているのを見て、私はびくりとして半歩ほど後退った。それは純粋にその勢いと派手な衣装に驚いたからだったのだけれど、続けてその人をよく見てどんな人なのか理解しようとした私は、更に混乱して目をぱちぱちと瞬かせてしまう。

 失礼かも知れない。だけど私はその人が男性なのか女性なのか解らなかった。声は男性のように低かった。だけどスパンコールのちりばめられた深いスリットのある真っ赤なタイトドレスを着て、その裾から真紅のピンヒールを履いた足がのぞいていた。でもヒールの分を抜いても背は高く、体格は男性のそれのようにも見える。顔は優しげな垂れ目にマスカラで彩られた長い睫毛が印象的。唇にはこちらも真っ赤なルージュを引いていて、髪はショートカットだけど一分いちぶの隙もなくセットされていた。

 私が思考停止状態に陥っている間に、彼? 彼女? はくねくねと身体をくねらせて鞍馬さんに近づくと、その身体を抱き締めようとしてあからさまに避けられている。

「あぁん、つれないわねェ」

 悔しそうに口をへの字にしながら、その人は鞍馬さんを惜しげに見ていた。鞍馬さんははあとため息をついてから、負けないように胸を張ってその人を見上げる。

「おっさんに抱きつかれそうになって嬉しいわけねぇだろ」

 鞍馬さんの言葉に、私はぎょっとしつつも納得して頷く。やっぱり、男性だよね。うん。

 だけど、多分この人は……。

「言うに事欠いておっさんとは何よ! せめてオネェって言ってちょうだい!」

 私の考察を補完するように、その人は鞍馬さんの言い分に言葉を返した。

 ああ、やっぱりそうなんだ。

 私は、なるほどな、と思いながら喧々囂々けんけんごうごうとしたにぎやかな彼らのやり取りを遠巻きに見ていた。

「まったく、ちょっとも触らせてくれないし、いけずねぇ……。ん、あら……?」

 フェミニンに立てた人差し指を唇へと宛がったその人は、そう言ってから初めて気付いたようにちらりとこちらに視線を送ってくる。私はどきりとして背筋を伸ばした。

 彼は私の存在に少し面食らったような顔をしていたが、すぐに私の足元から頭の天辺までをじろじろと遠慮もなく眺めてくる。だけどすぐに頬に手をあてて考えるような仕草をしながら言った。

「あらあら……あなた、鞍馬くんの彼女かしら?」

「えっ……あの、私は……」

 急に思ってもみないことを聞かれて、私は咄嗟に返答に詰まる。果たして、私と鞍馬さんの関係をなんと言えばいいのか。

 でも、私がその答えを見つける前に、彼は一人で納得したように頷いてしまう。

「なるほどねぇ、鞍馬くんもお年頃だものねぇ。で、今日は彼女を見せびらかしにきたのかしら? 女の子の趣味は悪くないみたいだけど、その行動は趣味が悪いわよ?」

「そ、そういうんじゃねぇから!」

 彼への突っ込みは忘れずにしておいてから、鞍馬さんはごほんと咳払いをして私をちらりと見る。

「悪いな。こいつが変な勘違いして」

「あ、いえ……。それより、こちらの方は……?」

 返答はぼやけた生返事になったけれど、許して欲しい。だって私は青天せいてん霹靂へきれきの如く現れたこの人のことが気になって仕方なかったのだ。

「あぁ、うん……」

 鞍馬さんは少し言い淀んだけれど、すぐに私に彼を紹介してくれる気になったらしい。遠慮もなく彼を指さしながら雑な紹介をしてくれる。

「こいつがさっき言った『魔女』だよ」

「うふ、マリアって呼んでちょうだいね」

 彼、マリアさんは鞍馬さんの「魔女」という言葉を否定もせずにそう言うと、にっこりと私に向かって微笑んでみせた。その笑顔はとてもチャーミングで、私は何となく「魔女」の力の一端を見た気がしたのだった。

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