第3章 「  」ーヒマワリー

30話 ヤンデレ妹vs元気っ子⁉

 季節も11月の中旬に入り、段々と寒さが厳しくなってくる。吐く息もわずかに空気を白く染める。


「まだ11月だけど、段々と冬が近づいてきた気がするね」


 僕は自分の吐く白い息を見て、隣を歩く妹の寧に話しかけた。寧はいつも通りの黒を基調とした服装で、その長い黒髪も合わさって、さながら黒の姫君を彷彿させる。


 寧は琥珀色の瞳を僕に向け、何やら怪しげな笑みをその顔に浮かべた。


「ふふっ、そうね。お姉様、もし寒いと感じるようになったら、寧が暖めてあげるわよ。もちろん、直接ね」


 寧のその怪しさ満点な提案に、僕は思わずむせてしまった。直接暖めるって何⁉ すごい怖いんだけど⁉


「え、遠慮するよ」


「遠慮しなくてもいいのよ。……お兄様が求めてくれるのなら、寧は全然構わないわ」


 寧が僕にだけ聞こえる声で、僕のことを『お兄様』と呼んでそう囁く。何でどんどん怪しげな方向に話が進んでいくの?


 しかし、寧のそのアプローチ(?)も、後ろから聞こえてくる足音に妨害される。


「おはよう! レンレン! 寧ちゃん!」


 そう言って僕たちの前に現れたのは、マフラーを身につけ、すっかり冬モード体制の真倉美柑だった。


 美柑はいつも通りの元気さと笑顔を満遍なく振りまき、僕たちを見てくる。


「おはよう、美柑。助かったよ」


「助かった?」


 思わず本音が漏れてしまい、美柑が首を傾げる。寧は美柑を見て、小さく悔しげに舌打ちをした。……本当に助かったよ。


「タイミングのいい子ね。ていうか真倉、あなた今までこんな時間に登校してくることなかったじゃない。一体どういう風の吹き回しかしら?」


 寧が問い詰めるように美柑をジト目で睨み付けている。


 確かに、ここ最近の美柑はよく僕たちの登校時間と合うことが増えてきてる。これまで単純に僕たちと合わなかったのは、寧の美柑に取り付けた監視カメラのせいではあるけど。それを抜きにしても、美柑がここまで早く登校してくることは以前までならなかったことだ。


「にゃはは! だってそれは、レンレンと一緒に登校したいからだよ! そのために、早起きできるように頑張ったんだよ」


 美柑は僕を見つつ、頑張った! というようにドヤ顔をしてみせる。


 僕と一緒に登校したいという言葉に含まれている美柑の好意を感じ取ってしまい、僕は思わず頬を赤くしてしまう。


 先日、美柑が僕に告白してからというものの、美柑の僕に対するアプローチが日に日に増してきている。その度に、美柑の好意がダイレクトに伝わってしまい、心臓はバクバクするし、何とも言えない気持ちを抱いてしまう。


 いや、美柑の気持ちは嬉しいには嬉しいんだけど、いかんせん喜んでばかりもいられないんだ。だって、


「……真倉、この前も注意したばかりだと思うけれど? お姉様に過剰なアプローチをするのは控えるように言ったはずだけれど?」


 僕の近くには、このヤンデレ妹がいるんだ。美柑のこの積極的なアプローチを、寧が許すはずもない。


 寧が荒んだ目で、美柑に圧を掛けるが、美柑はそんな寧にも怯む様子を見せない。


「それなら私だって言ったよ! 私はレンレンのことが好きなの! いくら寧ちゃんが私の命の恩人でも、この気持ちを簡単に諦めることはできないんだよ!」


 やめて⁉ それ以上好きって言わないで⁉ 心臓がもたない⁉


「……やっぱり、こうなったらもう手を打った方がいいかしら」


 何やら寧が怪しげ独り言を呟き始めた。それを聞き、僕は我に返り慌てて寧を止めに入った。


「ちょっ⁉ 美柑に何するつもり⁉」


「何? お姉様は真倉の肩を持つつもりかしら?」


 寧が今度は僕を睨み付けてくる。


「い、いや、肩を持つとかじゃなくて、……とにかく! 危険なことはなしで!」


 僕は必死に両手でばってんを作り、寧に懇願する。寧のことだから、本当に何かしでかすから怖い。


「いくらお姉様の頼みでも、それは聞けないかもしれないわ」


 しかし、僕の懇願は、無慈悲にも寧には届かなかった。


「大丈夫だよ、レンレン! 何かされても、私はその程度じゃ屈しないから!」


 美柑が大丈夫だというように、ガッツポーズをしてみせる。そんな変わらない様子の美柑に、寧は忌々しげに美柑を、というより美柑の髪をツインテールにしばっている水色のリボンを見た。


 リボンを見られていることに気づいたのか、美柑はむぅっとした顔を浮かべた。


「そういえば、ひどいよ寧ちゃん。私に相談なしに監視カメラを付けるなんて」


 美柑はガードでもするかのように、水色のリボンを手で押さえた。


 あの水色のリボンは、以前美柑とデートをした時に僕がプレゼントしたものだ(あくまで、友情の記念として)。それからというものの、美柑はほぼ毎日あのリボンを付けてくれている。


 それに合わせて、僕は美柑に監視カメラのことも話した。よって今は、美柑にはもう監視カメラの類は外されている(多分)。


「仕方ないじゃない。お姉様のピンチにはすぐに気づける措置が必要だったのよ。それに、これは真倉、あなた自身の身のためでもあったのよ」


「え? わ、私の?」


 突然のことに、面喰ったかのような顔を浮かべる美柑。


「真倉だってお姉様と同じゾンビなのよ。何か不具合が起きる可能性だってあるじゃない」


 その言葉に、美柑同様に僕も「ああ」と呟いてしまった。そっか、寧は美柑の身も案じてくれていたのか。僕は思わぬ寧の心遣いに感服した。


「ね、寧ちゃん……⁉」


 美柑が目を潤ませて寧を見ている。しかし、そんな美柑には気づいていない様子で、寧はぼそりと呟いた。


「まあでも、真倉の日常生活はあまり見なかったけどね。興味ないし」


「ひどい⁉」


 しっかり美柑には聞こえていたらしく(僕も聞こえた)、ショックを受けた顔をする。さっきまでの寧に対する感動が台無しになるようだと、僕は頭を抱えるのだった。



 途中で寧と別れ、僕と美柑は学校に入った。教室に入ると、すでに友人である笹倉ましろと四季真希波がいた。


「おはよう! ましろん! まきりん!」


 美柑が朝と同じように元気いっぱいな挨拶を二人にする。ちなみに、美柑は真希波に『まきりん』というあだ名を付けたらしい。


「おはよう。相変わらずあなたたちは仲がいいわね」


 ましろが僕と美柑を暖かな目で見てくる。美柑と中学の頃からの友人であるましろから見ても、僕たちはそれほど仲良く見えるようになったんだ。


「だねぇ。なんだか二人、付き合ってるみたい」


 真希波が冗談めかしてそう言ってくるため、僕はついむせそうになった。


「にゃははっ! それほどでも⁉」


 美柑は嬉しそうに笑う。その頬はわずかに赤い。


 美柑が僕のことを好きだということは、一応この水鏡高校では話していない。だから、学校での美柑のアプローチは、誰かに見られていないような外と比べれば、まだマシと言えなくもない。それでも、僕にとっては変わらず心臓に悪いけど。


「まあ、仲がいいのは良いことよ。そういえば、二人とも、朝一緒に登校してたあの黒髪の女の子って誰?」


 一瞬、その言葉の前半から得体の知れない何かが覗いた気がした。まただ、一体何なのだろう? 疑問に思いつつも、僕は後半の疑問に思考を寄せた。


 そういえば、ましろや真希波は寧を見たことなかったっけか。


 今日は寧と美柑が言い合っているのもあって、寧と別れるのがいつもより後になってしまった。そのため、教室から僕たちのことが見えてしまったのだろう。


「えっと、妹の寧だよ。といっても、親戚のね」


「ああ! そういえば親戚の妹と一緒に暮らしてるって言ってたもんね!」


 真希波が思い出したように、ポンと手を打った。


「じゃあ、今日はその妹さんとここまで来たの?」


「う、うん。ちょっと用事があったらしくてね。途中まで一緒に来たんだ」


 ましろの質問に、僕は内心でドキドキしながら、何とか誤魔化した。寧が実はこの学校の校長先生でしたとばれた日には、大騒ぎになってしまう。


「そうなのね。それにしても、結構可愛い妹さんだったわね。まるでお人形さんのようだったわ」


「確かに、可愛いかったよね、あの子! あの黒髪も毎日しっかりケアしてると思うよ」


 ましろと真希波がともに寧の感想を述べる。まあ、確かに寧の容姿は、兄(姉?)である僕から見ても可愛いものだ。小さい体ながらも、体の各所は整っているし、真希波が言うようにあの黒髪も、いつ見てもサラッとしていて綺麗だ。


(あれで中身があれじゃなかったらなぁ……)


 その容姿も凌駕するほどに、寧のヤンデレ妹っぷりは僕には手に余るほどだ。逆に言えば、それさえなければ、容姿端麗の完璧な美少女ということになるんだけど。


「寧ちゃん可愛いよね! 寧ちゃんありきにして、このレンレンありきって感じしない?」


 美柑が僕の腕を取ってそう言う。や、やめて⁉ み、美柑のおっ、胸が腕に当たってるから⁉


 それに、美柑今ちゃっかり寧の名前出したよね? 別に名前くらいは大丈夫かもだけど、そのうち何かうっかり漏らしちゃいそうで怖いな。


「フフッ、確かにそうかもね。美人姉妹って感じかしら」


「うわぁ、そう考えると羨ましいなぁ。くぅ、せめてその胸をよこせ~⁉」


 ましろと真希波がともに僕のことも褒めてくるけど、恥ずかしいから本当にやめてください⁉ 美柑は美柑で、そんな二人の反応を見て嬉しそうにニヤニヤしているし⁉


 心臓に悪いことばかりで、朝からどっと疲れてしまう。こんなんで今日一日大丈夫かな……。

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