1-2 リスタート「……ちょっと、どういうことなの七渡」

 階段を登って四階まで進むと、廊下の端に一年八組の教室があった。

 やはり初日ということもあって教室には独特な雰囲気が漂っている。男子も女子もそわそわとしていて、緊張をほぐすためにスマホを弄っている生徒も多数いる。

 イケイケギャルという表現が似合う麗奈は、教室に入るなり注目を浴びていた。駒馬高校は進学校だからか派手な生徒は少なく、ギャルの麗奈は目立っている。

 高身長でイケメンな一樹も注目を浴びている。運動も得意ということで中学の頃から一樹はモテていたのだが、それは高校でも変わることはなさそうだ。

 その二人に挟まれている俺もおまけで注目を浴びている。可愛い麗奈とカッコイイ一樹に挟まれていると、俺もイケメンっぽく見られるのかもしれない。恩恵というやつだな。

 俺は女性に好かれる一番大事な要素である清潔感を意識している。男の容姿は髪の毛以外は手をつけられないので、清潔感を出すことに全力を注いでいる。特に何かしているわけではないが、常に清潔感あるぞっていう顔を見せるようにしている。


「名前の順だから席は離れ離れだね」


 麗奈の言う通り、俺はあまで麗奈は地葉。一樹は廣瀬なので三人の席はそれぞれ離れている。俺は一列目で、麗奈は四列目で一樹は七列目。

 俺はあ行ということもあり、右端の一番前の席である確率が九十五パーセントはあるのだが、幸いにもあかばね君がいたおかげで二番目だった。

 か麗奈は俺の席に座って、周りをにらんでいる。何の主張をしているのかはわからないが、周囲に警告をしているようだ。


「初日から変なことはめてくれよ。周りから危ないやつだと思われて、関わりづらくなっちゃうだろ」


「うるさいうるさい。七渡を変な目で見ないように初日から警告してるの。斜め後ろの女とか、七渡のことずっと見てるし」


 麗奈の言葉を聞いて斜め後ろにいた女子を見ると、幼馴染の翼にそっくりな女の子が座っていた。俺と目が合うと、慌てて顔を下に向けてしまった。

 えっ……まさか、本当に翼がいるのか……席の場所的にも城木翼のさ行のポジションだな。これはヤバい。

 ちょっと待って、そんなことある? 幼馴染が引っ越してきて、同じ高校で同じクラスとかそんなことありますか?


「……翼?」


 俺は思わず翼の名前を呼んでしまった。現実を受け止められない脳と、目の前の現実を受け止めている目が頭の中でぐちゃぐちゃとしている。


「七渡君……」


 俺の問いかけに、恥ずかしそうに返答した女の子。おいおいうそだろ── 


  ◇翼◇


 私には好きな人がいた。

 物心がついた頃からずっと隣にいた幼馴染の天海七渡という人。

 常に何かしているような落ち着きがない人で、おしゃべりでいつも話しかけてくれて、負けず嫌いでゲームとかでは勝つまで続けてて……

 目を閉じれば、七渡君の姿が浮かんでくる。見ているとこっちが元気になれる笑顔や、優しくしてあげたくなる困り顔に、応援したくなるような真剣な顔。

 私にとっては一番大切な人で、ずっと一緒にいたいと思っていた。

 その気持ちを両親に伝えたところ、お父さんはその日の夜に七渡君を私の許嫁いいなずけにしてくれた。

 ただの口約束だけどうれしかった。七渡君と離れるのが怖かったから、何かしら私と七渡君を結ぶ形が欲しかった。

 でも、七渡君と許嫁となると、私は恥ずかしさが湧き出てきて上手うまく話せなくなった。十歳にもなって異性というものを少し意識してくる年頃であることも重なってしまい、緊張や気恥ずかしさが襲ってきたのだ。

 それは七渡君も同じだったのか、あまり私のそばにいてくれなくなってしまった。

 ずっと一緒にいたいから許嫁になったのに、逆効果になっていた。でも、いつかはちゃんと上手く向き合えるようになるって信じていた。

 でも、その希望も打ち砕かれてしまう。

 私達が小学五年生の時に七渡君は東京に引っ越してしまい、離れ離れになってしまったのだ。

 一番恐れていた事態が起きてしまった。

 そこからはまるで世界に一人取り残された気分だった。中学生になって部活に入って友達ができたりしても、ずっと心は空っぽな感じ。

 忘れようとしても忘れられない。時間がてば解決してくれると思ったけど、何も心境が変わることはなかった。

 私は諦めた。七渡君を諦めることを諦めた。

 中学三年生にもなると、どうやって会いに行くかばかり考えていた。

 そんな私の背中を押してくれるかのようにチャンスが訪れた。

 お姉ちゃんが大学進学と共に東京に行き一人暮らしを始めると聞いたので、私はお姉ちゃんに頼んで同居させてもらい東京の高校に進学することに。

 環境が変わることは想像以上に怖かったけど、その不安よりも七渡君にもう一度会いたいという気持ちの方が強かった。

 そして今、目の前には七渡君がいる。

 夢がかなう瞬間というのは、意外と冷静になれるものだと気づいた。


「知り合いなのか?」


 七渡君は友達の問いかけに黙ってうなずいている。緊張しているのか、私が見つめても目を合わせてくれない。それが、ちょっと寂しい。


「小学校の時に一緒だったとかか?」


「幼馴染」


「えっ!? 前に言ってたあの許嫁だった幼馴染!? 七渡の妄想じゃなかったの!?」


「馬鹿っ、それは言うな!」


 友達の身体からだを大きく揺さぶっている七渡君。私の話は友達にちゃんとしてくれていたみたいで嬉しい。なかったことにされていなかったんだ……


「……ちょっと、どういうことなの七渡」


 何故か怒っている七渡君の友達だと思われる女性。七渡君の机の脚を蹴り、周囲の生徒をビビらせている。

 都会のギャルというか、派手でオシャレな目立つ人。地味な私とは正反対の存在で、見ていてすごく頭がモヤモヤしちゃう。

 あの人は誰なんだろう……七渡君のことを名前で呼んでいるのが気になるな。


「あ、あのだな、まぁなんというか、その、そういうことだ」


「ぜんぜんわかんないんだけど」


 女性に睨まれてあたふたしている七渡君。七渡君の表情や仕草とかは何にも変わってない。七渡君は七渡君のままなんだと気づくと嬉しくなる。


「つまり、あれはあの、これはこれで……端的に言えばそういうことだ」


「あんさー七渡って何か後ろめたいことある時、そうやってそうとしてくるよね。はっきり言ってくれないとわかんないんだけど」


 七渡君が追い込まれ過ぎて顔が青ざめている。可哀かわいそうで見ていられない。七渡君にそんな顔をしてほしくない。


「あ、あの……七渡君が困ってるから」


「は?」


 私は勇気を出して困っている七渡君と女性の間に割って入ったのだが、女性に睨まれてしまう。こわいけど、その恐怖よりも七渡君が大事!


「翼、麗奈は俺の友達だから。地葉麗奈」


「う、うん……」


 七渡君は女性の前に回って、私に関係性の説明をしてくる。

 距離感的に恋人ではなさそうだと思っていたけど、友達だったみたいだ。七渡君に恋人ができていたらショックだったから友達で本当によかった。


「……七渡に近づかないで」


 七渡君に聞こえないように耳打ちしてきた女性。

 その冷たい言葉に背筋がぞわっとする。冗談ではなく警告のようなトーンだった。

 けど、七渡君に近づかないでほしいのはあの人の方だ。

 七渡君を困らせるような人は許せないもん──


   +七渡+


 まるで時間が巻き戻ったかのようにあの頃と変わらず隣に立っている翼。

 変わらない長くてれいな黒い髪と眼鏡姿で、当時の雰囲気を保っている翼。全身を見ると、女性らしく成長はしているようだが大きく変わったところはない。


「翼、どうしてここに?」


「ちょっと前に福岡から引っ越してきたの。七渡君のお母さんから進学先とか聞いて、同じ高校に進学したの」


 何にも聞いてないんですけど! 帰ったら母に問い詰めよう。


「ウチのこと覚えとってくれたんだね……本当に嬉しい」

 こぼれ出ているはかべんが、翼の存在をさらに強調している。本当に引っ越してきたようだな……夢でもなさそう。


「っ」


 露骨な舌打ちをしている麗奈。俺に怒るのはわかるが、翼の方を向いて舌打ちは勘違いされるのでめてほしい。


「誰なの? ちゃんと説明してって」


 麗奈が俺の服の裾をつかみながら問い詰めてくる。


「俺さん、福岡出身って言ったじゃん? 彼女はその時に隣の家に住んでいたおさなじみの女の子である城木翼さんです」


「ふ~ん……そっ」


 麗奈は複雑な表情で俺の話を聞き、その後はか翼のことをにらんでいる。

 こんなことになるとはじんも思っていなかったので、入学初日と相まって大混乱だ。周囲の生徒も、俺達のやり取りをまじまじと見ているし……


「また一緒にいられるね、七渡君」


 翼のおっとりとした声に耳がいやされる。だが、麗奈が座っていた椅子を大きな音を出して戻しながら自分の席に向かっていったため、俺はざわざわとした気持ちになってしまう。

 教室も静まり返って、何だか申し訳ない感じになる。


「これは……波乱が起きそうな感じだな」


 ニヤニヤしながら話す一樹。他人ひとごとなので気楽でいるようだが、俺は俺でどうしていいのかわからない。


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次回:「三秒で幼馴染のことが好きなのわかった」翼にできた友達が、恋のキューピッドに!?

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