第107話:わかりあえないこと
着々と討伐準備が進む三月中旬。
「あの、皆さん」
午後の休憩時間に皆で机を囲んでいると、セーレが立ち上がる。
「うん?」
「これ」
セーレが机に大量の菓子を出す。
「あんたがお菓子出すなんて珍しいね。どうしたの?」
マリンが首を傾げている。
「頑張ってるご褒美っすかね?」
「わーい。セーレさんありがと~」
「いや、あの……」
「今日はホワイトデーでございますよ」
クッキーがセーレの代わりに言う。
「あー。覚えてたんだ。律儀だな。ありがとう」
「そっかー。そういえば今日か……。ありがとー。すっかり忘れてたわ」
討伐準備に追われていて、バレンタインからひと月しか経っていないというのは、実感がない。
「わー、そういえば。ありがと~」
「ホワイトデーにもらうのは新鮮っすね。ありがとうっす」
「ありがとさん」
皆、それぞれお礼を言って食べ始める。
「エリさんたちもどうぞ」
「ありがとー」
「ありがとうございます」
「では、メロンさんにも渡しに行ってきます」
「メロンちゃん、ベレリヤじゃ……あー、でも今日帰ってくる予定か。いってらっしゃい」
「あ、俺の分も渡してきてもらっていい?」
「はい」
手持ちの材料で焼き菓子を作ってセーレに渡す。
セーレが扉から出て行ってから、皆で菓子をつまみだす。色々な種類があるので各自好きな物に手をつけていく。
「いや~。セーレ、恥ずかしそうだったね~」
「うん、恥ずかしそうだった。可愛かったなー」
マリンとシオンが頷き合っている。
「そうっすか?」
「言われてみればそうかも」
試しに一つ手に取って食べた焼き菓子は、ほどよい甘さで上品な味わいだ。
「うわ、このポテチ……」
モカがポテトチップスを食べてさらにもう一枚口の中に入れる。
「コンソメ味っす。やったー!」
「あれ、コンソメ味あったっけ?」
ポテトチップスは塩味しか記憶にないし、この世界にコンソメはない。
「それは、セーレ様のオリジナルレシピでございますね。というより、ここの物全てオリジナルです」
「えーっ! レンジで卵爆発させたセーレがお菓子自作ぅ!?」
「ゲーム内ですので、勝手が違うというものです」
自作を出しておいて反応見ずに出て行ったというのは、やはり恥ずかしかったのだろう。
翌日、討伐の準備が一段落ついたところで、以前掲示板に張り紙をしてきた街に再度向かう。
モカとセーレと一緒に、珍しくクッキーがついてきた。
クッキーは籠の中に木箱を置いて、それに乗って外を眺めている。
「楽しいですか?」
「はい。現実では見られない風景があって楽しいです。上空から見るだけでも十分新鮮ですしね」
確かにそうだ。俺も飛行機なんて数年に一度乗るかどうかくらいだ。
「セーレ、バイオリン弾いて~」
「……仕方ないですね」
ウィンダイムのおねだりに応じてセーレがバイオリンを弾き始める。
それにしてもこの竜は便利である。障害物のない空を一直線に目的地で飛んでいけるのだから、移動中に暇ということを除けば最高だ。
「あっ、クッキーさん。今度ピアノ教えてほしいっす~」
「よろしいですよ」
「わーい」
立ち寄った先の各街の掲示板の張り紙を、貼りかえて行く。
ハルメリアとコルドは通りを歩いている人がずいぶんと減って閑散としていた。討伐に協力してくれる人が多く、移動してしまったためだろう。サティハラも気持ち人通りが少なくなっている。
そして、アルヴァラでは……。
「あれ?」
掲示板の張り紙が剥がされていた。
「どーゆーことっすか?」
剥がされた後に他の掲示物があるわけでもない。
「……討伐を快く思わない人がいるということでは?」
セーレの言葉に、気持ちが少し重くなる。確かに、リアルに戻りたい人ばかりではないと思う。
討伐は、そういう人たちの気持ちを無視してしまっている話ではある。
「うーん……。とりあえず、貼っておくか」
再度、掲示板に討伐の案内を貼っていると、背後にプレイヤーが集まってくる気配を感じる。
振り返って、集まってきたプレイヤーたちの表情を見れば、睨みつけるような視線でこちらを見ていて、どう見ても歓迎されていない雰囲気だ。
数は十人程度、その後からさらに人数がぽつぽつと増えてくる。
「主催の人ですよね。討伐中止してくれませんか?」
プレイヤーの中の一人、ヒューマンの男性がそう言う。
「それは、できません。すでに大勢の人に協力していただいていますし」
「リアルに帰りたくない人もいます」
「……そうですね。そういう方もいると思います」
「そういう意見が少数だから無視するって言うんですか?」
男性が俺を睨みつけて、棘のある口調で言ってくる。
「それもなくはないですが……。一番は、俺が帰りたいという理由だからです」
「勝手ですね」
「はい。でも、この世界は歪です。以前、カーリスで戦争が起きましたが、もし今後また同じことが起きてパワーバランスが崩れれば、平和な暮らしなんて一瞬でなくなるかもしれない」
「そんなこと……続けていかないとわからないじゃないですか。平和を望む人の方が多いし、それに戦争って言うなら、それこそリアルだって同じじゃないですか」
「ええ、そうですね」
きっとこの話はどこまでいっても平行線だろう。話し合いで決着がつくとは思えない。
そう思っていると、クッキーが俺の前に歩いていく。
「あなた方は、この世界でプレイヤーを攻撃したこと、されたことはございますか」
「ないけど、それが何?」
「討伐を止めたいというのなら、まずはこの場でわたくしを殺してみなさい。抵抗はいたしませんよ」
「……は?」
プレイヤーたちがざわざわとし始める。しかし、誰も動こうとはしない。
「来ないなら、オレがこの場の全員やりますけど」
セーレがクッキーの横に立って、大剣を背中から抜き、正面にいたプレイヤーに切っ先を向ける。
「セーレ、さすがにそれは……」
止めに入ろうとするとクッキーとセーレに、手で制される。
「きょ、脅迫ですか?」
「ご存じないなら教えて差し上げますけど、この世界ってそういうことがまかり通るんですよ。街中でもPKできますし、なんならペナルティもありませんよ」
プレイヤーがじりじりと後退って行く。何人かは、セーレの名前を確認して青ざめているので、誰を相手にしているか悟ったのだろう。
「死んでも生き返りますし、ここで殺しても問題ないですよね? ちょっと痛いかもしれませんけど」
「は……? 暴力で、そんな……」
信じられないと言った様子で、男性がセーレの顔と剣を交互に見ている。それでも、脅しだと思っているのか、まだ退く様子はない。
どうしたものかと思っていると、今度はセーレの横にモカが歩いて行く。
「ここは、そういう世界っすよ。ボクは、この世界で高レベルの男プレイヤーに襲われそうになったっすけど、街中だったのに他の人誰も助けにきてくれなかったっす。犯罪起こしても罰があるわけじゃない。法律なんてないし、街の警備兵が助けに来てくれたりもしないっす。泣きわめいたって、誰かに助けを求めたって、誰も助けてくれないことだってあるっす」
モカがいつもより低い声で言う。表情も暗い。
「村の中にレイド湧いて、その村で殺されて、でもそこが復帰ポイントで殺され続けてる人だっていたっすよ。今ここで、それと同じことだってできるはずっす。あんたたちが被害に遭ってないだけで、リアルと変わらないか、もっとひどいことだってあるっすよ」
「街にレイドなんて……」
モカがウィンダイムを呼ぶホイッスルを吹くと、しばらくしてウィンダイムが掲示板の前の広場に降りてきて、後方にいたプレイヤーが何名か逃げ出す。
「で? 街中にレイド呼べますけど、どうなさるのですか?」
セーレが一歩前に出ると一人、二人と逃げ出して行って、やがて誰もいなくなる。
しばらく、がらんとした通りに皆で立ち尽くしていたが、モカが膝から崩れ落ちる。
「こ、怖かったっす……」
「モカ様」
クッキーが手を差し伸べて立ち上がらせる。
「帰りましょう」
セーレの言葉に、皆でウィンダイムに乗り込むが、空気は重い。
「……皆、嫌な思いさせてごめん」
「オレは別に」
セーレは、本当に気にしていなさそうな雰囲気で、モカの様子を眺めている。
「異なる人間同士です。意見の対立はどうしてもでてくるでしょう。たとえ、よかれと思ったことでも万人に受け入れられるとは限りません」
クッキーが、膝に頭をうずめて座っているモカの頭を撫でながら言う。
「でも……。ボクは、帰りたくないっていう人たちの気持ちも少しはわかるっすよ……。それ、無視して……ねじ伏せて……、前に絡んできたチンピラと変わらないかもしれないっす……」
「モカ様はお優しい子ですね」
「優しくなんて……ないっす。最初は、邪魔してきたのが苛ついて言っちゃっただけっす……」
「素直な子でございますね」
「クッキーさぁぁぁん……」
モカがクッキーに抱き着く。
「あまり甘やかされると、ダメになっちゃうっすよぉ……」
モカの言葉に、クッキーは困ったように首を傾げつつも、モカを抱きしめて背中をポンポンと撫でている。
「まー……でも、面と向かってああいうの言われると……少し落ち込むな」
「よしよし」
セーレが俺の頭を撫でてくる。
「いや、俺は慰めてもらわなくて大丈夫」
「しかし、なかなか堂々とした主催らしい振舞いでしたよ」
セーレが、撫でていた手を引っ込めて頷く。
「お前が剣抜いた時は、さすがにどうしようかと思ったけどな……」
「レオさんが、オレを止めようとしたという事実ができたのは、よかったですね。何かあれば、全部オレのせいにできますから」
「そんなことしないって……」
「でも、モカさんが出てここなければ、一人くらいはやっちゃおうかなって思っていましたので、流血沙汰にならずにすんでよかったです」
PvPトーナメントのことを思い出せば、本当にやったかもしれない。セーレは、親しい人以外にはなかなか淡泊だ。つくづくセーレが味方で良かったと思う。
「セーレさん、悪役みたいなことはやめて欲しいっす」
モカがセーレに抗議する。
「そうです。いけませんよ、お嬢様」
「……クッキーさん、その呼び方やめてください」
「おや、失礼いたしました」
「絶対わざとでしょう?」
「いやはや、いくつになっても可愛らしいものですから、つい」
「今の会話の流れで、可愛らしい要素ありませんでしたよね?」
セーレがクッキーの耳をひっぱる。
「おやめくださいませ」
セーレとクッキーのやり取りに、モカが顔を上げる。
「セーレさんの可愛いエピソードあったら教えて欲しいっす」
「よろしいですよ」
「よろしくない」
セーレがクッキーの耳を引っ張るのをやめて、変わりにマズルを手で塞いで止める。
可愛い……と言えば。
「そういえば、セーレ」
「はい」
「ホワイトデーの菓子すごく美味かったよ。あれ、オリジナルレシピだったんだって?」
俺がにっこり笑って言うと、セーレが目を逸らして少し恥ずかしそうに返事をする。
「……どういたしまして」
「あーっ! そうだ、コンソメのポテチ最高だったっす。レシピ教えて欲しいっす」
「え、ええ。いくらでも……」
モカがキラキラした瞳でセーレを見つめた後に、しばらくしてから真顔になって頷く。
「なるほど、可愛いとこあるっすね」
「だよな」
俺たちの言葉にセーレの表情が、ふっと消える。
「この高さから突き落としたら死にますかね?」
「うわー! ごめんなさいっす! 物騒な照れ隠しやめてほしいっすー!」
「照れていません」
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