第63話 生物兵器

 ローグ達がサーラとも協力関係を結んだ直後、サーラの部屋のドアが勢いよく開けられた。何と、一人の兵士が入ってきたのだ。


「サーラ様! サーラ様! どうか起きてください!」


「「「「っ!?」」」」


 兵士の顔は何やら緊迫した感じだ。それ以外の者たちはみんな驚いた。みんなとはローグ・ミーラ・リオル・サーラの4人のことである。


((((マズい、面倒なことになった!))))


 4人はほぼ同じことを思った。皇女二人と外国人二人が話し込んでいる状況をどう説明すればいいのか。


 だが、兵士の口からは4人にとって都合のいい言葉が出てきた。


「サーラ様、一緒にお逃げくだ……あ、あなたはリオル様ではありませんか! 戻ってきてくださったのですね!」

「え? あ、そ、その、それは……」


 兵士はリオルの存在に気付くと、驚くと同時に喜んでいた。その様子を見たリオルも驚いた。だが、驚くのこここからだった。


「リオル様! あなた様の冤罪を証明できず申し訳ありません!」 

「なっ!?」


 兵士は今度はリオルに向かって土下座を始めた。リオルの無実を信じ、それを証明できないことに謝罪を始めたのだ。リオルは反応に困ってしまう。


「ですが、今は城の中でとんでもない事態が起こってしまいました! 都合のいい話なのは承知ですが、どうかご協力ください!」

「「「っ!?」」」

「ど、どういうことだ? 何があったというのだ?」

「リオル様の強さが必要なのです! 実はアゼル様が、大変なことに……」


 この後、兵士の話を聞いたリオルは血相を変えて兄・アゼルの元に向かった。ローグ達も一緒に続いた。




大広間。


 リオルは、ローグ達は、恐ろしい光景を目にした。それは異様な姿をした一人の男だった。その男は背中から複数の触手を生やし、取り囲む兵士を相手に触手だけで戦っていた。触手は大きくて太いものが2本、細いものが十数本、どれも先端に小さな爪があって殺傷能力が高い。すでに何人かの兵士が倒れていた。


「り、リオル様! リオル様が戻ってきた!」

「そんな、こんな時にお戻りになられるとは!」

「サーラ様もいるぞ!」


 多くの兵士がリオルに声を掛けるがリオルには聞こえていなかった。それだけに目の前の光景が衝撃的だったのだ。何しろ、問題の男も見覚えがあったのだ。皇族の着る服、金髪、真っ赤に充血しているが青い瞳の眼、やつれているのは目に見えて分かるその顔はリオルが産まれた時から知っている顔だった。何しろ先に生まれた兄の顔だ。


「そんな、姉さま、あれはまさか……」

「あ、兄上……?」


 背中に触手を生やす異様な男の正体は第一皇子にしてリオルとサーラの兄・アゼル・ヒルディアだった。


「あれがリオさんのお兄さん!? あんなのが!?」

「おいおい、マジかよ……!」


 ミーラは恐ろしくて青い顔して震えていた。人から触手が生えるなど、彼女の眼には恐ろしくて気味が悪いのだろう。


 一方、ローグはまた別の意味でおぞましく感じていた。それと同時に嫌悪感が湧いていた。男の背中に生える触手のほうに見覚えがあったのだ。過去の世界の写真とレポートによる情報しか知らないが、特徴を見ただけで分かってしまった。


(なんてこった、あれはパラサイトオクトパスじゃないか! あんなものまで生き残ってたのかよ、なんて時代だ!)


 パラサイトオクトパスはトリニティウルフのような合成生物だ。ただし、こちらは遺伝子操作が盛んに行われた末に作られた生物兵器であり、作った者たちにとっては都合のいい存在だったらしい。


(パラサイトオクトパスの宿主にされるとは、あの馬鹿皇子とやらはただでは済まないだろうな。最悪の場合は死ぬ。助かっても一生後遺症が残る。最悪の寄生生物だ)


 生物兵器として作られたパラサイトオクトパスは寄生生物だ。寄生した宿主の身体能力・魔力を大幅に向上させる反面、宿主の自我を奪い精神崩壊を起こす危険性を持っている。つまり、宿主とセットで生物兵器として戦場に出されるのだ。人一人使い捨てにする非人道的な兵器として過去の世界でも忌み嫌われた。


(あんなものを保有しているとは、クロズクというのは結構ヤバい奴らのようだな。ウルクスってやつは殺したほうがいいかもしれん)


 ローグが思案している間に状況が動く。リオルとサーラに気付いた兵士たちが彼女たちに声を掛けてきた。


「リオル様、サーラ様、どうかお下がりください!」

「ここは我々で対処しますゆえ、お逃げください!」

「アゼル様は我らでお救いします! どうか避難してください!」


 リオルとサーラに逃げることを進める声が飛ぶ。ただ、それだけではない。


「リオル様! どうかご協力ください!」

「リオル様のお力があれば切り抜けるはずです!」

「リオル様の武をもってすればアゼル様をお救い出来ます!」


 もう一方でリオルに協力を求める声が飛び交う。こんな状況では、リオルの選択肢は一つだった。彼女は剣を抜いて戦場に加わろうとした。ローグは慌ててリオルを腕を掴んで思いとどまる。


「おい、待て! 早まるな!」

「放せ! 実の兄があんな姿になって暴れているんだ! 妹の私が戦わないでどうする!」

「協力してやるよ! だから今は冷静に相手を分析しろ! 考えなしに向かってもどうにもならないぞ!」

「そんな暇があるか!」


 身内が酷いことになって暴れているせいかリオルは取り乱し続ける。ローグの声も届かない。もういっそのこと、気絶させて自分が戦ったほうが早いとさえ思った時、後ろから二人に向かって凛とした声が飛んできた。


「お待ちなさい! お姉さま! ローグ! そして聞きなさい!」

「はっ! サーラ!」

「第二皇女!?」


 それはサーラの声だった。リオルもローグも同時に振り替えると真剣な眼差しで睨むサーラを見て肝を冷やした。


「お姉さま、気持ちは分かりますがローグの言う通り冷静に分析して戦うべきです。でなければ、倒れた兵士の方々の二の舞です」

「それは……」


 サーラに言われて周りを見ると大勢の兵士が倒れている。異形と化したアゼルと戦った結果だ。出血の量からすでに死んでしまった者もいるだろう。リオルはこぶしを握り締める。


「では、どう分析しろというのだ! あのようなものは見たことも聞いたことがないぞ!」

「俺の見たところ背中に奇妙な生物が張り付いていて、それがあんたらの兄を操ってるんじゃないか?」

「……ローグ?」


 リオルがまた取り乱しそうなので先に分析結果をローグが報告する。すると、全員の眼がローグに集中する。気になったミーラが先に質問する。


「え、ええと、分かるのローグ? 王国にだってあんなのいないよ?」

「見たまんま分析しただけだ。というか、第一皇子に何があったのか分かる奴は生き残っていないのか? 戦ってるやつが分かりそうなもんだが?」


 ローグの言葉に反応して一人の男が前に出る。鎧に身を包んだ髭面の男だ。


「私なら知っているぞ、ここまでの経緯が知る必要があるなら話そう」

「サーファ! 無事だったのか!」

「お久しぶりです、リオル様」


 リオルが反応した様子から信頼できる人物のようだ。名前はサーファ・オルゴル。帝国の騎士団長の一人だという。彼の口から今に至るまでの過程が語られた。

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