第26話 忘却の彼方・惹【後神惹】
私は昔からお人形さんみたいだねと言われてきた。子ども心にとても嬉しくていつもニコニコと笑顔を絶やさない。
だけど少しオシャレに目覚め始めた小学生の女の子達は私の事を良く思わなかった。少しずつ、少しずつ、人間関係が崩れていった。
「かわいいからってちょーしのってる」
「わたしたちの事バカにしてるんでしょ?」
「男子にいろめ使って!」
嫉妬とは怖いもので、あっという間に噂は広まり仲の良かった友達は離れていく。そして極めつけはあの子が転校してきた事。
「今日から皆のお仲間になる子を紹介するわね。それじゃあ自己紹介お願い」
そう言った先生の言葉で視線を上げると……そこには天使がいた。
「イギリスから福岡に引っ越してきました、
金色の髪、爽やかな笑顔、白い肌。
目の前に居る男の子は天使そのもの。
当然クラスの女子は大盛り上がり、我先にと友達になろうとする子が後を絶たない。それはクラスの垣根を超えて学校中へと広がっていった。
ニコニコ優しい笑みで誰に対しても笑顔を振り撒くその姿は私の憧れそのもの。まるで過去の自分を見てるみたいで、手を伸ばして掴みたかった。
「……無理だよね」
この頃になると私は暗くどんよりした空気を
果てたなんて
後ろ髪を引かれる想いで伸ばした手を引っ込める。
「こんな所で何してるの
「……えっ?」
公園のブランコで1人で黄昏ていると不意に声を掛けられた。一瞬誰の事を呼んでるのか分からなかったので反応に遅れてしまう。
「急に話しかけてごめんね。僕は同じクラスの横薔薇不屈」
「うん。知ってる」
知ってるよ。毎日目で追ってるから。
「えっと……そうだね。ダンス見る?」
「は?」
自分でも聞いた事がない素っ頓狂な声が出てしまう。ダンス? ダンスって言ったの?
「あの……えとっ」
真正面に立つ彼の顔をこの時初めて見た。夕日を受けた彼の髪が灼熱を帯びて神々しい。白い肌に反射した日差しが私を射抜く。
「僕のマミーがダンサーなんだ。だから少し習ってるんだよね」
「マミー? ダンサー?」
あまり聞かない単語にアタフタしてしまう。
「ごめん! 海外に居たからそう呼ぶクセがな抜けなくて……変かな?」
いつもの爽やかなスマイルじゃなくて、恥ずかしそうにする彼に私の緊張の糸は切れてしまう。
「ふふふ……あははははははっ」
「えへへ……良かった。やっと笑ってくれた」
「え?」
私の前にしゃがんで、目線を合わせてくれる彼がそんな事を言う。
「後神さん、いつも1人で寂しそうだったから」
「…………っ!」
私の事……見てくれてたの?
その事実が嬉しくて、恥ずかしくて、俯く私の瞳から涙が落ちていた。
「ご、ごめん! そんなつもりで言ったんじゃなくて……あわわわ」
急に泣き出した私を慰めようと彼は必死だった。覚えたてのダンスを披露したり海外で流行っているアニメの話をしてくれたり……そのうち私の顔は泣き笑いへと変化していった。
それからだろうか。彼の事を意識するようになったのは。クラスに居る時も積極的に声を掛けてくれて仲間外れにしないでいてくれた。そして放課後は公園で遊ぶ。
この流れが随分長く続いたと思う。だけどそれを良く思わない人達も当然いた。
夏休みに入って公園で彼を待っていると、数人の女子と、私に告白してきた男子が一緒にやって来た。子どもながらに何が起こるのか分かってしまう。ゾクリと背中に嫌な汗が流れていく。
女子と男子の言い分はこうだ。
「横薔薇くんに近づくな」「俺を振っておいていい身分だな」
ありふれた嫉妬とありふれた怒り。
だから子どもは残酷だ。
私に罵詈雑言を浴びせるだけじゃ飽き足らず、彼と遊ぶ為に持ってきた大切な人形に手を出した。
「返してっ!」と言っても聞いてくれず、私の前で人形が無惨な姿になっていく。崩れ落ちて泣きじゃくる私を見て満足そうに笑う外道達。だけど私の力では何もできない。
そんな時……
「やめろ! 僕のマイハニーを虐めるな!!」
待ち望んでいた声が聞こえて嬉しいと思うと同時に来て欲しくなかった。だって彼は勇敢だから……
数の暴力は残酷だ。
1対多人数で勝てる訳もなく、彼もすぐにボロボロになっていく。
「お願い……やめて! 私が言うことを聞くから!」
「マイハニー……僕は……大丈夫……さ」
大柄な男子に組み敷かれながら「ふふふ」と笑う私のヒーロー。当然そんなお願いを聞いてもらえる事もなく、男子の拳が彼に叩きつけられようとした矢先……
「いくぞはがねっ!」
「ガッテン、ソウジ!!」
「せーのっ」
「「とんこつアターック!!」」
声が聞こえたと思ったら彼の上に覆いかぶさっていた男子が吹っ飛んで行った。
「えっ?」
一瞬の事で分からなかったけど、今誰かいたような。
「な、なんだ?」
起き上がった彼も呆けた顔をしている。私は彼に駆け寄り上体を起こして一緒に同じ方向を見る。そこにはふたりの男女が仁王立ちしていた。
「ヒカちゃんを虐めるな!」
「はがねの友達を虐めるな!」
女の子の方は知ってる。違うクラスだけどよく両親とラーメンを食べに行くから。廊下ですれ違った時や、道端で会った時に良く話かけてくれる子……
男の子の方は見た事がない。もしかして転校生か年上か……だけど今は考える余裕もない。
「……いってぇな! なんだお前は!」
吹っ飛ばされた男子が悪態をつきながら起き上がる。その言葉にふたりは続ける。
「「とんこつ戦士だ!」」
シリアスの場面なのに笑いそうになった。それは彼も同じみたいで肩が震えている。はがねちゃん達は私の方を見て、大きく親指を立てる。そして男の子の方が不屈くんを見て……
「そこの金ピカくん。大好きな女の子をよく守ったね。後は俺に任せろ!」
頼りになる声と姿。不屈くんが好きじゃなかったらきっと惹かれていただろう。
「なっ! 僕は金ピカじゃない! 不屈だ!」
「そっか、悪かった不屈。そこでゆっくり見ているがいい。俺の活躍を!」
「ぼ、僕だってまだ負けてない」
男子って単純だ。
かっこいい所を好きな女子に見せたいもの。私だって可愛いところや綺麗なところを不屈くんに見せたいもの。
そこからは不屈くん達の独壇場だった。もともと子どもの喧嘩だからポカポカとお互い叩き合う程度だけど、周りに居た女子は早くから逃げ出していた。そして夕日が沈んだ頃に不屈くんと男の子も地面に沈む。
「はぁ……はぁ……疲れたー」
「ふぅ……ふぅ……僕もさ」
その隣で私とはがねちゃんもしゃがんで2人を見つめる。
「不屈やるじゃん」
「キミもね……そういえば名前聞いてなかったね」
私も初めて見る男の子。その顔は自信に満ち溢れていた。
「俺の名前は
「からくさ……そうじ」
噛み締めるように不屈くんも呟く。そして右手を出してソウジくんに笑いかける。
「よろしく総司」
「あぁ不屈」
男子って単純だ。
一緒に困難を乗り越えた2人は太陽に負けないくらいの笑顔で声に出す。
「僕達は……」
「俺達は……」
「「親友だ!!」」
………………
…………
……
夕日が沈む公園に私と不屈はブランコに座る。
「ねぇ覚えてる不屈」
「あぁ……昨日の事のように覚えてるさ」
ソウジ君の家で試験勉強をやり始めて暫く経った日の夕方。あの時と同じ公園にいる。
いつもの
「ねぇ……」
「ん?」
なんて言えばいいかな。言いたい事は山ほどあるのに言葉が出てこない。
「……あの人形、まだ大事にしてる」
「そっか。総司に見せたら思い出すかな?」
「……そうだといいね」
あの時壊されてしまった人形。だけどソウジ君のおばあちゃんが元に戻してくれた。それも綺麗な着物まで着せてもらって何倍も可愛くなった。
「……ソウジ君がね」
「うん」
「私の……か、髪の毛。綺麗だねって……言ってくれたんだよ?」
「……うん。僕も見てたよ」
美術室での会話を思い出す。それはこの公園で初めて会った時に言ってくれた言葉だから。
「……僕もさ」
「……ゔん」
「……不屈ってカッコイイ名前だねって。騎士みたいだねって……言ってくれたんだ」
「わだじも……きいてたよ」
ダメだ。
泣かないって決めてたのに。一番辛いのはソウジ君のはずなのに……思い出すだけで涙が出てくる。
「……ふぐつ……ぐん」
「今日は……僕の胸を貸してあげる。マイハニー」
我慢強い彼は上を向いて目を閉じる。私の正面に来ると優しく抱き締めてくれた。
「ソウジ君……そうじぐん……うわぁぁぁぁぁぁぁぁん」
あの夏の日をもう一度やり直せるなら……私は何を神様に願うだろう。
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