第17話 前日の挙動


唐草からくさ君ボーッとしてどうしたの?」

「そうだぞ唐草、やっぱりおにぎりもっと食うか?」


「ふたりともありがとう。おにぎりはあれだけで大丈夫だよ」


 隣の席の片原かたはら君と前の席の前田まえだが心配してくれる。そんなにボーッとしてたかな?


「ヘイ! 総司そうじ今日はやけに遠くを見つめてるね。どこかに意中の女性でもいるのかい? ちなみに僕のマイハニーはダメだよ」


 教室の扉を勢いよく開けて入ってきたのはテンション高い横薔薇よこばら不屈ふくつ。確か下の名前で呼べって言ってたよな。


「そんなに今日の俺は変か? 不屈」


 3時間目の授業が終わった後の小休憩。そこで3人から同じ事を言われた。それも1度ではなく朝からなのだ。


「今日の総司は心ここに在らずってね。そうだろう2人とも?」


 不屈の意見に同意を示す2人。確かに今日は朝からソワソワしている。なんてったって明日は土曜日。


 土曜日は……細川ほそかわとデートだから。


「まぁ、気分が悪くないならよかよ。俺があげたおにぎり食べたら元気出るばい! がはははははっ」


 前田の強引な所は素直に尊敬する。不屈は妙に勘が鋭いから少し危険かも……片原君はアレコレと薬をくれるのだが、このやまいは薬じゃ治らないと思う。


「ちょっとトイレ行ってくる」


 これ以上居たら追求されそうだったのでトイレを理由に席を立つ。そして売店近くの自販機へと向かってひと息入れる。



「ふぅ……俺って顔に出やすいのかな」



 気合を入れる為にブラックコーヒーを飲む。ため息と一緒に独り言が漏れてしまう。そしてそれに反応する人が後ろから……


「ふふふ……見えるわ」


「どわぁぁぁ! 後神うしろがみさん!?」


 いつも突然現れる後神さん。登場の仕方さえ間違えなければ嬉しいんだけど。別の意味で心臓が早く鼓動するのをなんとか抑えて平静を装う。


「ふふふ……その様子だと上手くいったみたいね」


 細川と仲直りという意味では上手くいった。だけどそれも目標の半分だ。だけど彼女にはしっかり御礼が言いたい。


「後神さん。改めてありがとう! お陰でなんとかなりそう」

「そう。良かったわ」

「あっ! 何か飲む? 良かったらご馳走するよ」


 後神さんはジーッと俺を見つめた後、さらに自販機をジーッと見つめていた。


「…………プリンのやつがいい」


 紡がれた声は少し幼く、不思議ちゃんな彼女のイメージを覆すのに十分だった。


「あはははっ……わかった」

「……笑ったら呪う」

「はい! わかりました!」


 不穏な単語が聞こえたのですぐさま訂正。彼女には逆らわない方がいいだろう。


「ありがと唐草くん」

「こちらこそ後神さん」


 後神さんが飲み終わる間にほんの少しの世間話。どうやら後神さんと不屈は幼馴染らしい。新たな関係性を発見できた俺は一緒に教室へ戻った。




 ………………



 そして昼休み


 コンコン


「ほ、ほそかわっ……い、いるっ?」


 アレ? なぜ俺はこんなにも挙動不審なのだろうか?


 いつもならチャイムと同時にここへ来てすんなり入ってたはずなのに。今日の俺は何かおかしい。



「ぷははっ! 開いとーよカラカラ」



 俺の声が上擦っていたのが可笑しかったのか笑った後に返事がきた。


「失礼しまーす」


 いつもの景色に混ざるだけなのに緊張してしまう。調理室へ入るといつものように寸胴の前に彼女の姿。


「……かわいい」

「は? なんて?」


 やべっ。つい思った事が口から出ていた。幸い細川には聞こえてない様子。


「な、なんでもない」

「変なカラカラ。いつものでよか?」

「お、おう」


 手馴れた手つきで作り始める細川。何か手伝おうと思って視線をさ迷わせると、苦笑いを浮かべて「座って待ってて」と言われた。それに従い大人しい犬の如く着席する。



「はい、お待ちどー!」

「あ、ありがと」



 出された器よりも、その器を持つ彼女の手を見てしまう。細いけど力強く、指先は綺麗に整えられている。俺が見蕩れているとその指が目の前にきて。


 ピシッ


「なにボーッとしとると? はよ食べな伸びるよ?」


 デコピンとともに顔が目の前に。


「わわわわわ……わかったからそんなにひっつくな〜」


 我ながら情けないと思いながら変な声が出てしまう。ニヤリと笑った彼女は丸椅子を更に引き寄せて。


「カウンター席での距離感」

「!!」


 と言って、肩と肩が引っ付き合う状態まで寄ってきた。


「か、勘弁してくれ〜」

「にっしし! ウチの勝ちやね」


 楽しそうにしやがって。俺は明日の事を考えると心臓がもたないぞ。


「はい、手を合わせてください」

「合わせました」

「いただきます」

「いただきます」


 麺が伸びる前に食べる事ができてよかった。考えてみるとこれも立派な彼女の手料理。


 彼女の……手料理。


 まったく。

 俺はいつから初心うぶになったのだ。

 昔の事はわからないけど、今は彼女の傍に居たいと心が教えてくれる。


「カラカラ、スマホ貸して?」

「スマホ? あぁ……はい」


 食べ終わって余韻に浸っていると彼女からそんな言葉が聞こえた。

 俺はポケットからスマホを出して彼女に渡す。見られて困るものも入ってないし、そもそも藤江ふじえさん以外の連絡先はない。メモ帳に書いてある名前も乱雑なものだ。


 しばらくピコピコシュッシュと操作していた彼女は「終わった」と言って俺に返してくれる。そして天使と悪魔が同居したような笑顔を向けて一言。




「ウチの個人情報入れとった……見てみ?」




 その声を聞いてスマホに目を落とすと……




『あなたの生涯の伴侶・はがねちゃん』




「なっ!!!」



 どうやら既に彼女の掌の上……いや、とんこつスープの中で踊らされているようだ。



 デートという戦いはもう始まっている。



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