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 カフェに入った紅色は向かいの席に座った依頼主の女性に、


「まずは依頼料です。指定した金額を今お持ちかどうか確認させてもらいます」


「……いきなりお金の話だなんて失礼では? こっちの名前くらい訊いたらどうです?」


 女性は不機嫌だった表情をさらに歪ませる。


「それもそうですね。何とお呼びすれば?」


「関内でいいです」


「では関内さん。なぜ真っ先に金の話なのか、それは依頼主から話を聞くことも依頼の一部だからです。不躾なのは承知していますが僕らは親切心で動いているわけではありませんので。お持ちでないなら僕は帰らせてもらいます」


 関内は黙って銀行の封筒を二つ机の上に出した。紅色はその中身の札束の頭だけを少し出して捲っていく。紙幣の一枚一枚が膨らんでいることを見ると、ATMの預金からかき集めて準備したといったところだろうか、と紅色は思った。


「……確かに、確認しました」


「金額が二百万って高すぎません?」


「最悪の場合、命の保障ができないからです。あなたも、僕も。だからこの金額でも安すぎるくらいですよ。ご不満ならそのまま帰ってもらって結構です。どうにも立ち行かなくなったことがあるから僕らをあてにしたのでしょう?」


 彼女は不満げに黙っている。


「話を聞かせて下さい」


 紅色は彼女の沈黙を無視してやや強引に本題を聞き出すことにした。


「……とりあえず、さっさとこれを見て下さい。ユーチューブの動画です」


 関内は自分のスマートフォンから『挑戦! 心霊現象チャンネル』という投稿者のページを開き、その中の一つの動画をタップし、音量を落として再生を始めた。


『はい、こんばんは! みーちぃです! 今日は呪いの定番中の定番の丑の刻参りに挑戦したいと思います! 今私は神社に来ています。時刻は夜中の一時過ぎ、これからの時間がだいたい丑の刻と言われる時間ですね。そして、この藁人形、これがなきゃ呪いになりませんねー』


 動画編集で付けたスマイルマークで顔を隠し、声を甲高く加工された女――『みーちぃ』と思われる人間が動画の中で喋っていた。どこかで販売されているコスプレ衣装の線が濃厚だろうが、丁寧にも死装束や高下駄まで揃えて身に纏っている。


(事前に少しは話を聞いていたが、丑の刻参りに藁人形とは随分ベタなことを……それにしても、なんて罰当たりな奴等だ)


 動画には女の他に、撮影者と思われる男の声も入っていた。


『今日は誰に呪いをかける?』

『えーと、バイト先で一緒の――。その子私の――』

『――の住所とかわかれば、釘打ってる時に呪いの効果が出やすくなるんじゃない?』

『住所? 住所は新宿。新宿の――の辺り。遊びに行ったことあるし』


 ところどころに編集が入っていて全ての会話はわからないが、


「こいつらが呪いをかけようとしているのが関内さん、ということですか?」

「最後まで見て下さい。あと、この女の首元も見ておいてください」


(首元? 左の鎖骨のあたりに黒子ほくろがあるな……)


 動画では呪いが始まっていた。女は藁人形を巨木の幹に押さえつけながら釘と金槌を持ち、


『東京都新宿――の――の顔と体がぐっちゃぐちゃになるようにお願い申しあげまーす! ――の首が取れるくらいに――』


 加工済みの暢気すぎる声と釘を打つ金属音がスピーカーから鳴り続けた。カフェの中で聞こえて良いような音声では断じてなかったので紅色は思わずちらりと他の客の様子を窺うが、二人を気にするような客は皆無だった。


『以上、丑の刻参りにチャレンジでしたー!』

 動画の再生が終わった。

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