披露宴
私とアイリスの対決から一週間ほど。王宮では国王の快気祝いという名目で盛大にパーティーが開かれていた。
わずか一週間ではあったが、この間色々なことがあった。マルスリウスが追放した貴族たちは残らず陛下が呼び戻し、勝手に爵位を与えられた者たちも全て例の婚約破棄以前の状態に戻された。要は一か月の間に起こったことを一週間で全て元に戻したのである。
そのためかなり慌ただしい一週間にはなったが、貴族たちは皆元の日常が戻ってきたことにほっとしたという様子で談笑している。快気祝いというよりは、どちらかというとクリストフとマルスリウスの失脚祝いという側面が強いパーティーであった。
「さて、今日は皆に集まってまことに感謝しているが、実はこのパーティーにはもう一つサプライズがある」
宴もたけなわというころ、国王がおもむろにそんなことを言い出した。会場はざわつき、貴族たちは何だ何だ、というふうに王を見る。中にはまた何か起こるのかと緊張で顔を強張らせている者もいたが、国王が満面の笑みを浮かべているのを見てほっとしているようだった。
そんな衆目の視線を集めると国王は少しだけためを作ってから発表する。
「実はアリュシオン公爵家の当主ガルド・アリュシオンの娘シルアと、このたび我が国の復興に助力していただいたマナライト王国アルツリヒト殿下が婚約することとなった」
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
という歓声とともに一斉に手が叩かれる。とはいえ、事の経緯を聞いた貴族の中にはこの結果を予想していた者も多かっただろうが。
殿下は私の手を引いて広間の前方にある壇に上がっていく。大勢の注目を浴びながら殿下に手を引かれて歩くのはかなり照れくさかった。先ほどまでそれぞれ親しい者同士で歓談していたのに、今では満座の視線が私と殿下の二人に注がれているのだ。
私たちが壇上に立つと列席者たちはおおむね好意的な様子で私たちを祝福してくれた。中には殿下の評判を聞いたり容姿を見たりして私に嫉妬の目を向けてくる令嬢もいるが、それもある意味祝福のようなものだろう。
殿下は壇上で私を見ると私を真剣な眼差しで見つめてくるので、私も意識を殿下一人に集中させる。すると殿下は真剣な口調で言った。
「シルア殿。私は今後の人生をそなたとともに歩み、ずっと幸せにすることを誓おう」
「私もアルツリヒト様を永遠に愛し続け、ともに人生を送ることを誓います」
あらかじめパーティーでこのことを発表することは聞いていたが、それでもいざ満座の中でこの台詞を言うと恥ずかしい。殿下は内心の動揺を全く感じさせない振る舞いで、さすがだなと思った。
そして殿下はこちらに歩いてくると、そっと私の体を抱き寄せ、唇を塞ぐ。
それを見て盛り上がっていた場は一瞬しんと静まった。
そして殿下が唇を放すと同時に「これでマナライト王国との未来も安泰だな」「色々あったがめでたいことが続いて良かった」などと雑談が始まる。
このパーティーにこぎつけるまでにも色々あった。殿下と一緒に実家に戻って事情を説明すると父上は目を白黒させていたが、やがて事情を呑み込むと私たちの間柄を祝福してくれた。
その後私たちは噴火や地震、大雨が起こったといわれる場所に向かって私は精霊の力を借りて土地の復旧を、殿下は資金援助などを行った。
そのため、そういう意図はなかったが私たちは仲を国中に見せつけていくことになったのである。中には「新婚旅行」などと口さがないことを言ってくる者たちもいたが、満更でもなかった。
その間王都でも色々なことがあった。クリストフの行いを他の者にも聞いた国王はクリストフを軟禁すると、まずはマルスリウス伯爵を召還した。伯爵は絶対に罪を免れないと悟っていたのか、なかなか屋敷から出てこなかったので最終的に騎士団が差し向けられてようやく出頭した。
伯爵の罪状は重く爵位領地没収の上、流罪に処せられた。基本的に貴族が極刑に処せられることはないので実質的には最高刑である。
アイリスはもう闇の精霊と契約しないよう監視をつけられたうえで、厳しいと評判の修道院に送り込まれた。後で聞いた話だとマルスリウス家では相当冷遇されて育ったらしいので、きちんとした教育を受けて更生して欲しい。
最後にクリストフの処遇については議論があったが、ボルケーノ火山の噴火で被害を受けた領地に領主として送り込まれた。身分は領主とはいえ、部下や金も与えられずほぼ裸一貫で放り込まれたので実質流罪に近い。
過酷な条件の土地に放り込むことで甘やかされて形成された性格を叩き直すということだろう。ただあそこまで我がままに育ってしまうと、叩き直される前に叩き潰されるかもしれないけど。
ちなみにアイリスの方は罪を受け入れる姿勢を見せていたが、クリストフの方は最後まで「僕は悪くない」「アイリスに騙されていた」という主張を続けていたという。アイリスは悪人でクリストフはただのわがままな人だ、というのがそれを聞いた私の感想だ。
王位継承権についてだが、とりあえずの措置として陛下の弟で臣籍に降っていた方が急遽継承権を戻された。とはいえ兄弟相続は継承権争いの火種を撒いてしまうため、体調が戻った陛下は「今度は子育てを失敗せぬぞ」と息巻いて毎晩励んでいるという。次の王子が出来たら是非リベンジして欲しい。
「お二人はどうやって出会ったんですか!?」
「そもそもシルア殿はなぜ隣国に行かれたんですか?」
婚約の披露が終わると、あまりその辺の事情に詳しくない娘たちが次々に私の周りに集まってくる。普段なら煩わしく思っていたかもしれないが、今日ばかりは気分が良かったので私は散々殿下との出会いや冒険について話した。
最初の出会いはそんなに劇的でなかったため反応は微妙だったが、邪竜封印を終えてから求婚されたくだりはいい反応だった。
「一緒に守護獣に乗るなんて羨ましすぎです!」
「そんな危険なところにお供してくださるなんてすばらしい方ですね!」
などと殿下を褒められると私も悪い気はしなかった。
だから私もそれはもうのろけて語ったし、周りもそれを楽しそうに聞いていた。
「いいなあ。私も精霊の力があれば良かったのに」
一人の娘がしみじみとつぶやく。
そこで私は少しだけ得意げに答える。
「確かにきっかけは精霊の力だったけど、私たちの間はそれだけじゃないから」
「……何かこの部屋暑いですね」
今日だけはそういう反応も許してあげよう。
ちなみに私がのろけている間、殿下はアドラント王国の有力貴族たちとの歓談に向かっていた。会話内容は他愛のないものだったが、次代の王としてすでに外交のようなことを始めているのだろう。さすがであると思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。