決着
「実は私もこの女と同じように精霊と会話出来る体質の持ち主だったんですよ。ただ、この女は地水火風の四精霊に好かれ、私は闇の精霊に好かれた。たったそれだけの違いです」
「おい、アイリス、一体何を……」
突然のカミングアウトにクリストフの表情がみるみる変わっていく。
が、アイリスは淡々と話を続ける。
「闇の精霊は人々の負の感情を糧として力を得るらしいです。私は別に他の人々がどうなろうと知ったことではなかったですが、協力するなら私に闇の魔力を貸してくれると言うのです。使用人で試した結果、この闇の魔力を使えば異性であればほぼ確実に魅了出来ることが分かりました」
「……アイリス?」
クリストフの表情が蒼白になる。
それでもアイリスはクリストフを無視して話を続ける。
「それが分かったら後は簡単です。私はあなたを魅了して、さらに陛下に呪いをかけました。まさかここまで全てがうまくいくとは思ってもいませんでしたけどね」
「おい、どういうことだ……そなたは本心から僕を愛してくれていたのではないのか!?」
クリストフの表情が突然青から真っ赤に変わる。相変わらず短気過ぎやしないだろうか。
しかしここで国王に呪いをかけたことや国を乱したことよりもまず先に自分を騙したことに言及するというのが彼の小物感を表している。一番最初に怒るのがそのことなのは王子として問題があるのではないか。
そんなクリストフに対してアイリスは心底嫌そうに言った。
「決まっているじゃないですか。我がままで思い通りにならないとすぐ周りに当たり散らすような性格、今もこれだけのことが起こっているのに自分の心配しかしない。そんな人、王子じゃなければこちらから願い下げですよ。もっとも、扱いやすさだけは文句なしでしたけど」
「何……だと……」
クリストフの全身から力が抜け、その場に崩れ落ちる。どうやら怒りよりも絶望の方が勝ったらしい。でもその程度のことで、という思いは拭えない。私を初め周りの人の方がよほど被害を被ってると思うけど。
そんな彼にアイリスは追い撃ちをかけるように続ける。話しているうちに感情が乗ってきたのだろうか、よほど彼に媚びることに疲れていたのだろう、その勢いは溜まった鬱憤を晴らすかのようだった。
「確かに私はあなたを魅了しましたが、あの父上を摂政として全てを放り投げたのは殿下の自発的な意志です。おかげで私はあなたを自室から出さないようにするだけで事足りましたよ。もっとも、四六時中べたべたするのにはいい加減疲れていましたけど」
「貴様……よくもこの僕を騙したな? そんなことしてただで済むと思っているのか!?」
失意は再び怒りに変わったらしい。情緒不安定過ぎやしないだろうか。クリストフは腰の剣に手を掛けると顔を真っ赤にしてアイリスを睨みつける。クリストフとアイリスを遠ざけるために間に入った兵士たちはクリストフを彼女に近づけていいものかどうか困惑していた。
そんな彼にアイリスは冷たく言い放つ。
「済む訳ないのは最初から分かっていますよ」
そして少しだけ遠い目をすると続きを語り始める。
「私は元々父上が使用人に手をつけて生まれた娘です。屋敷の中でもいらない子として育てられ、誰も私に構ってなんてくれなかったんです。それが闇の精霊の加護を受けてからは皆、手の平を返すように私をちやほやしてくれるようになったのです。それまで私をいないものとして扱っていた父上も、私が殿下を誘惑したら大層喜んでくれましたよ。それはそれは気持ち良かったです」
話しているうちにアイリス自身も過去を思い出したのか、目を潤ませている。
もしかしたらそういう強い劣等感のようなものが闇の精霊を呼び寄せたのかもしれない。
「哀しい奴だ」
殿下はぽつりと言った。
一方のクリストフは顔を真っ赤にしたまま、唾を飛ばして罵倒する。
「お前の過去なんて知ったことではない! お前のせいで僕の人生は滅茶苦茶だ!」
それを聞いたアイリスは嘲笑しながら答えた。
「その程度の資質では私がいなくても遠からず滅茶苦茶になっていたと思いますが?」
二人の間にあったものは偽りと魔法による愛情だけだったようで、そこにはひとかけらの真心もなかったようだった。
ちなみに私の感想はアイリスが可哀想なクズで、クリストフは馬鹿なクズだ。事ここにいたってもなお私と隣国の王子の前でアイリスにキレ散らかしている神経が理解出来ない。
ただ、悪いと知りつつ覚悟を決めて悪事をしているのと、悪事であることすら気づいていないのとどちらがより悪いのかは難しいが。
「この上は僕が直々に手打ちにしてくれる!」
そう言ってクリストフは剣を抜いた。
が、アイリスはそれを見てふっと笑う。
その瞬間、闇の精霊から大量の魔力が彼女の体に流れ込む。そして彼女から見えない膜のようなものが周囲に広がっていく。あれは言うなれば魅了の上位魔法のようなものだろうか。
真っ先にそのオーラに飲み込まれたクリストフの目から光が消え、振り上げた剣をそのまま床にぽとりと降ろす。次に飲み込まれた護衛の騎士たちも生気を失ったようにその場に立ち尽くした。
「カウンター・マジック」
殿下が呪文を唱える。殿下は魔法のおかげか、膜のようなものに取り込まれても正気を保っているようだった。無論異性でない私も無事だ。そんな私に殿下は言う。
「私は大丈夫だ。だがあの魔力に勝てるのはそなただけ。申し訳ないがここは任せる」
「分かりました」
精霊の魔力に勝てるのは精霊の魔力だけ。そんな私にアイリスは歪んだ笑みを向ける。
「ふふっ、あなたさえ倒せばここにいる全員、もっと強い魅了をかけて全部なかったことにしてやりますよ」
「アイリス……あなたの過去なんて知ったことではないし、興味もないけどどれだけ哀しいことがあっても国を傾けて国民を不幸にすることは許さない!」
「ふん、綺麗事を!」
こうなった以上王宮がどうのとかは構っていられない。
「ファイアー・ボール!」
私は一番威力が高い火の魔法をアイリスに発射する。
するとアイリスは先ほどと同じように闇の魔力を盾のように展開して防ぐ。必殺のファイアー・ボールも闇魔法の壁にぶつかって砕け散り、周辺に火の粉が降り注ぐ。床に敷かれていた高級な絨毯に焦げ目がついた。
クリストフと広間の兵士十人以上を魅了しながらなおも魔法が使えるとは無尽蔵な魔力だ。
だが、さすがに辛くなってきたのか、彼女の額には大粒の汗が浮かんでいる。それでも彼女は諦めなかった。
「ここで勝って私は全てを手に入れてやる……」
アイリスの手元に闇の魔力が集まり、球体のようなものが形成されてどんどん大きくなっていく。それを固めてぶつけてくるつもりだろうか。ものすごい魔力の濃度が高まっていて、ぶつけられればひとたまりもないだろう。
だが、アイリスは魅了、防壁、そして謎の球体に完全に集中力を奪われている。
やるなら今しかない。
「グロー・プラント!」
「!?」
突如としてアイリスの足元の床に亀裂が入り、そこから一本のツルが伸びてくる。魔法に集中していたアイリスが異変に気付いた時はもう遅かった。
ツルはあっという間に彼女の全身に巻き付いて自由を奪う。力を使い過ぎて疲弊していたのか、その瞬間彼女はふっと意識を失った。
その瞬間、彼女の後ろにいた闇の精霊もアイリスを見放したのか、すっと彼女から離れていった。
すると魅了の魔力も闇の防壁も謎の球体も全てが消滅する。魅了にかかっていたクリストフや兵士たちは糸がきれた操り人形のようにバタバタとその場に倒れた。
「はあ、助かった……」
それを見て私はようやく体から力を抜く。
「お見事だったよ、シルア殿」
私以外で唯一この場に立っていた殿下がそう声をかけてくれた。
「いえ、これも殿下がお膳立てしてくれたおかげです」
「そんなことはない。そなたが自分の力で立ち向かったのだ」
そう言って大胆にも殿下は私の体を強く抱きしめてくれた。私は達成感と幸福感に包まれて、しばらく全身から力を抜いてなされるがままにしていたのだった。
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