決意

 その後私は殿下に続いて再び昨日と同じ部屋に向かった。私たちが部屋に入ると、使用人が紅茶を淹れてくれる。その香りをかぐと少しだけ心が落ち着く。


 殿下は使用人が退出すると念入りに周囲を見回して誰も聞いていないか確認する。そんなに重要な秘密なのだろうか。そこまで念入りに確認されると、ふと私の周りを漂っている精霊たちは聞いても大丈夫なのかと心配してしまう。


「あの、精霊も下げさせましょうか?」

「それはいい。精霊とコミュニケーション出来る者はそなた一人しかいないからな」


 言われてみれば確かにそうだ。私は苦笑する。

 ちなみに精霊たちはこれから重要な話が始まるというのに全く興味なさそうにしている。


「では話そうか。そもそも我が国はそなたの国アドラント王国が成立した時と同時期に、この地に出現した魔物ファーブニルを封印した祖先が建国した」


 ファーヴニルは邪竜として恐れられた魔物であり、一息で街一つを灰燼と化し、尻尾の一薙ぎで村一つを瓦礫と化すと史書には記されている。多少は誇張されているのかもしれないが、復活すればこの国に甚大な被害を与えることは容易に想像できる。


 その辺りのことは歴史を学んだ時に知った。元々この周辺はバイルス王国という一つの巨大な王国が治めていたが、その王国が崩壊した後はいくつかの王国に分かれた。それがアドラント王国でありこの国であったということだ。


「そのため代々我が国の王家はファーヴニルの封印を守っていた。ここまでは我が国民であれば誰でも知っていることだろう。しかし今、その封印の力が弱まっている。原因はおそらく時間経過だろう。封印からすでに二百年ほど経っているからな。

 しかしその封印を補強する儀式を行うには高度な魔力が必要だ。そこで私は魔法の才能を持つ者を発見するために“魔法貴族”という制度を導入した訳だ。苦労したよ、なぜなら封印が弱まっていることは王族だけの秘密だ。貴族たちは私が酔狂でこの制度を作ったと思っているからね」

「なるほど、そのような事実があったのですね」


 確かに下手に封印のことを公開すれば国民は皆国土を離れてしまうかもしれない。とはいえ秘密を抱えたままでいるのは他の全貴族と国民に隠し事をしたままでいることであり、彼のような国民思いの人物には堪えがたいことだろう。

 そう考えると殿下の苦悩というのは察して余りある。それでも事態解決のために手を尽くしている点には感心するしかない。


「殿下、心中お察しいたします。このような重大なことを抱えて生きるのはさぞお辛いことだったでしょう」


 私の言葉に殿下は少し驚いたような表情になる。何か変なことを言っただろうか、と思っているとやがて彼はほっと息を吐いた。


「全く、そなたには敵わないな。普通の者であればまず封印がどのくらい持つのかとか、どうすれば封印を強化出来るかということを心配するのにそなたはまず私の心配をしてくれるのだな」


 言われてみれば確かにそうだ。ただ、封印については殿下がきちんと考えてくれているが、殿下の心配は誰がしているのだろうか、という思いはあった。


「いや、ありがたいことだ。これまで誰にも話せずにきたことなのだから」


 とはいえ今まで誰にも話せなかったことを私に打ち明けたということは、私に封印の強化を頼みたいということだろう。

 それを伝える決意を固めたのか、殿下はごくりと唾をのみ込む。


「封印強化とはいえ、封印に近づく以上危険が全くないとは言い切れない。本来なら他国の者に頼むことではないのだろう。だがそれでも私は国を守りたいのだ。だから頼む、協力していただけないだろうか」


 そう言って殿下は頭を下げる。私は慌てて止める。


「おやめください殿下! 頭をお上げください!」


 私の言葉になおも殿下は頭を下げ続けていたが、しばらくしてようやく頭を上げる。

 本来なら他国の、しかも公爵家という出身の私が危険を冒して首を突っ込むべき問題ではないのかもしれない。しかし苦しそうに私に頭を下げている殿下を見ているとそのような建前の理屈でそれを拒むことは出来なかった。


 また、そもそもファーヴニルが目覚めた場合、アドラント王国やアルュシオン公爵領に被害が及ばないという保証は全くない。封印強化は自国の民のためにもしなければならないことである。


「分かりました。封印強化に力を尽くしましょう」


 私の言葉に殿下は喜びと不安が混ざった奇妙な表情になる。


「本当か!? だが本当にいいのか? 封印強化は一度も行われたことがない儀式。どのような危険があるのか分からぬのだぞ」

「はい。私はこの国で一番の魔力を持っていることが分かりました。力を持つ者は使命を果たさなければならないとも言います。何より私は、殿下のお役に立ちたいのです」


 そう言って私はまっすぐに殿下を見つめる。

 それに、殿下はきちんと危険性を伝えてくれてはいるが、暴れている邪竜を討伐もしくは封印するよりも、すでになされている封印を強化する方がよほど簡単だろう。


「そんなことを言われてしまうと、余計に危険な封印強化の儀式に連れていきたくなくなってしまう」


 殿下の表情は再び複雑なものに変わる。私を心配してくれるというのは嬉しいけど、これ以上この方に封印のことを背負わせておくわけにはいかない……と思ったところで私はふと今の言葉に引っかかった。


「あの、殿下、今連れていくとおっしゃいましたが、それは殿下も行くということでしょうか?」

「当然そうだ。どこの世界に他国から女性を呼びつけて一人で危険なところへ赴かせる王子がいると言うのだ」


 その心構えはもちろん立派だと思うし、そう言ってもらえるのは嬉しい。でもそれで万一のことがあったら、と思うと私としても胸が痛むし、この国にとってもかなりの打撃になるだろう。

 そこでようやく殿下が、私が封印強化を行うことに対して複雑な反応を見せた気持ちを理解する。確かに思いを寄せている相手がそのような危険なことを行うというのは胸が締め付けられる。


 いや、待って。私は殿下の国を思う姿勢に感動しているけど、殿下が私に思いを寄せているはずはない。何と私は思い上がったことを考えているのだろう、と一人で葛藤する。

 それでも魔力を有する私と違って殿下に参加させる訳にはいかない。


「もちろん護衛や道案内はつけていただきたいですが、殿下にもしものことがあればこの国はどうなされるのですか」

「だが、この国で一番封印の魔法に詳しいのは私だ。少しでも成功確率を高めるために、私は行かなければならない」


 こればかりは誰に何を言われても意志を曲げるつもりはない。殿下の表情からはそんな強い意志を感じた。

 封印魔法について詳しいと言われたら私は何も反論できなくなってしまう。もし仮に封印に殿下が不要だとしても、絶対についてくるような方だというのに。

 私は諦めて溜め息をつく。


「そもそも私には殿下の行動を止めることは出来ませんので」

「分かってくれたようで何よりだ」

「いえ、分かってはおりません。今でも内心ではお止めしたいと考えておりますよ」

「それはお互い様だ」


 殿下がそう言うと、私たちはついお互い声を合わせて笑ってしまう。私たちはお互い似た者同士なのかもしれないな、と思うのだった。


「とはいえ、出発するに当たって準備をしなければならないのであと数日は猶予がある。それまではせいぜいゆっくりしていてくれ」

「分かりました」


 こうして私は思わぬ形で隣国の重要事に巻き込まれることとなったのである。

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