魔法貴族

 アルツリヒト殿下の部屋を出た後、私は執事と相談して彼を国元に帰し、私が隣国に滞在することを報告させることにした。もしこのまま殿下の使者のみが実家に向かうと、誘拐されたのではないかというあらぬ疑いが生じるのではないかと思ったからだ。

 彼はさすがに異国の地に私を一人残していくことに心配していたが、今の私はワイバーンを超える戦力を持ち合わせているので、護衛はあまり必要ないということを説明したら少し寂しそうに帰っていった。その表情を見ると悪いことをしてしまった気がしなくもない。


「こちらにいる間シルア様のお世話をさせていただきますアンナと申します。お部屋までご案内させていただきます」


 そう言ってちょこんと可愛らしく頭を下げたのは王宮のメイドと思われる少女だ。まだあどけなさが残る顔立ちだが長年仕事をしてきたのか、手はごつごつしている。

年齢は私と同じぐらいに見えるが、すっかりメイドの仕草が板についている。おそらく幼いころから奉公に出されていたのだろう。


「いや、様とかいらないって。私もそんな大した生まれじゃないし!」


 私は慌てて訂正する。変に話題になっても嫌なので、こっちではただのシルアとして生きていくつもりだ。

 するとアンナは首を傾げた。


「そうなのですか? 仕草がどことなく……いえ、それでしたらシルアさんと呼ばせていただきますね」


 そう言って彼女はにこりと笑う。王宮で身分の高い人に接してきた経験から私の身分に勘付いたのだろうか。でも変に追及しないでくれるところは素直ないい娘だ。


「うん、こちらこそよろしく……痛っ」


 そのときだった。

 話に夢中になっていたせいか、不意に曲がり角の向こうから歩いてきた何者かと衝突し、私は床に尻餅をついてしまう。

 自国の王宮だったらこんな失態は犯さないのだが、隣国に来て気が抜けてしまっていたらしい。


「ご、ごめんなさい」


 慌てて謝罪しながらぶつかった相手を見上げると、きれいな金髪をくるくると巻いた髪形の釣り目の女性だった。年齢は私より少し上に見えるが、高そうなドレスを見ると、こちらでは身分が高い貴族なのかもしれない。だとしたら非常にうっかりをしてしまった。

 すると彼女は私を一瞥し、尖った口調で言った。


「もしかしてあなたが殿下に招かれてやってきたという魔法使いですの?」

「は、はい、申し訳ございません」


 こういう場合、どっちの不注意でぶつかったとしても身分が低い方が謝らなければならない。が、彼女はぶつかったこと自体を怒っているという雰囲気ではなかった。


「私はこのマナライト王国の伯爵アマーリエ・ヴァーグナーですわ」

「アドラント王国から来たシルアと申します」


 ん? この女性は伯爵なのか、と思ったが今はこちらから質問する空気でもない。少なくともアドラント王国には女性の貴族はいない。

 彼女は私をじろじろと若干敵意のこもった視線で見つめてくる。


「調子に乗って傷つかないよう先に言っておいてあげますが、この国には私を初めとする優秀な魔法使いが数多くいますわ。あなたの出身地では腕が立つ方だったのかもしれませんが、この国でも通じると思わない方が身のためですのよ」

「ご忠告ありがとうございます」


 いきなりそんなことを言ってくる彼女の意図がよく分からず、私はとりあえずそう答える。

 一般論としての忠告というよりは、牽制のような響きを感じる。もしや私はいきなりライバル意識を抱かれているのだろうか。


 ちなみにアドラント王国では魔法使い自体ほぼいなかったので、私は自分がどのくらい強いのかまだよく分かっていない。


「それからアルツリヒト殿下は誰にも優しいので誤解されがちですが、それは単純にあのお方が誰にでも紳士的に接するというだけでそれ以上の意図はございませんわ。勝手に勘違いして舞い上がり、勝手に落ち込むことなきよう先に言っておきますわ」


 何だその説明は。もしかして実体験か、と思わなくもない。


「あなたはアルツリヒト殿下をよほど慕っていらっしゃるのですね」

「~~~っ」


 私の言葉に彼女は急に顔を真っ赤にする。

 分かりやすすぎるぞ、色々と。もしかしたら根はいい人なのでは、と何となく思う。


「と、とにかく、忠告はいたしましたわ。せいぜいゆっくりしていってくださいませ」

「あ、ありがとうございます?」


 こうしてアマーリエは長い巻き毛を揺らしながら去っていってしまった。


 後に残された私はしばしの間呆気にとられる。良くも悪くもうちの国にはあそこまで強烈な令嬢はいなかった気がする。

 傍らのアンナも彼女の後ろの姿を見て苦笑いしていた。


「あの方はああいう方で、悪気がある訳ではないのであまり気にしないでください」

「う、うん。ところでこちらの国では女性が当主を継承するのはよくあることなの?」

「いえ、そうではないのです。我が国が魔法が盛んなのは知っての通りだと思うのですが、アルツリヒト殿下が王太子として政治に関わるようになってからより魔法実力主義のような風潮が強くなったのです」


 そうだったのか。それで魔法の実力を買われてやってきた私に対抗意識を燃やしていたのだろうか。

 生まれつきの爵位で大体の人生が決まる貴族制もなかなかシビアだけど、魔法についてもある程度生まれつきの才能で決まる部分が大きいから結局根っこの部分は変わらないような気もする。


「そして殿下は魔法の実力が優れた者は特例で一代限りの爵位を与えるという政策を行ったのです。もちろん貴族家の反発はすさまじかったのですが、殿下はそれを通してしまいました」


 女性以前にそもそも貴族の血筋でもなかったのか、と私は密かに驚愕する。言葉にするとそれまでだが、魔法の実力だけで特例の爵位を与えるというのは容易なことではない。


 公爵家という貴族家の中にいた私には反発の凄まじさは容易に想像できる。大きな失態を犯さなければ、基本的に何もせずとも爵位は子孫へと引き継がれる。だが、世襲以外に貴族になる方法が作られてしまえば、いつ爵位を落とされるか分かったものではないのだ。

 だからおそらく貴族家は束になって反対したのだろうけど、そんな逆風の中、自分の信念を通した殿下は本当にすごい。ただ優しいとか頭がいいとかだけでなく、理想を現実にする力を持っている方だ。


 ただ、一つだけ気になるのはなぜ彼がそこまでして魔法至上主義のような国を作ろうとしているのかである。


「そして数人の“魔法貴族”とでも言うべき存在が誕生したのですが、ほとんどが男爵、良くて子爵です。その中でヴァーグナー伯爵は唯一伯爵位を手にしたお方です」


 なるほど、魔法の才能一本でのし上がったのなら強烈なプライドを持っていてもおかしくはないし、殿下に思いを寄せていてもおかしくはない。


「なるほど」

「ですからシルアさんも魔法の力次第では貴族になれるかもしれませんね」


 アンナは無邪気に言う。すでに公爵家の出身だから隣国で男爵とかもらっても困るんだけど、まあそこは殿下がうまく取り計らってくれるだろう。

 その日は色々と疲れていたこともあって、すぐに寝てしまった。



 翌日、朝起きると遠くで西側の空が黒く染まっているのが見えた。そこでふと私は王国の遥か西側にあるボルケーノ火山の伝承を思い出す。アドラント王国が成立してからは一度も噴火していなかったが、前の王国がつぶれる直前に噴火したという。


「大丈夫かな……」


 クソ王子とアイリスには恨みがあるが、天変地異の犠牲になるのはいつだって国民だ。そのため私は西側の空を見て不安に包まれた。

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