にゅうめんマンの過去(6)

別のある日の夕方、研究室の机で居眠りしていた鶴彦は誰かが部屋に入って来る音で目が覚めた。鶴彦の同級生の男だった。男は三輪さんの机の引き出しにこっそりと何かを入れてすぐに部屋を出て行った。目を覚ました後も鶴彦が音を立てずに机に伏していたので、部屋に誰もいないと思ったのか(鶴彦の机は部屋の奥の方にあった)、あるいは鶴彦がまだ眠っていると思ったのだろう。


よくないこととは知りながら、鶴彦は三輪さんの机の引き出しを開けて男が何を入れたか確かめた。それは洋封筒に入った手紙だった。ラブレターに違いないと鶴彦は思った。三輪さんはもてるのでラブレターをもらっても不思議はない。だが、この男がなかなかの二枚目だったこともあり、これはまずいと鶴彦は思った。三輪さんを他の男にとられたくなかったのだ。それで、ラブレターと思しきその手紙を盗み、その日家に帰る途中で中身を見ずに街のゴミ箱に捨てた。


次の朝、研究室で三輪さんに会ったとき、鶴彦はこの人の目を見ることができなかった。確かにその男はあまりいいやつではないが、ひょっとしたら三輪さんの方も相手に気があるかもしれない。だとすれば、鶴彦にそれを邪魔する権利があるはずはない。鶴彦は自分のさもしい行いを後悔した。


その罰が当たったのか、しばらくして鶴彦は病気になった。にゅうめんの食べすぎで栄養がかたよったことが原因だった。だが、その原因が分かったときはすでに手遅れで、その後長くもたずに死亡した。


   *   *   *


死後の世界があるという話は本当だったようだ。死んだ鶴彦は三途の川を渡り、エンマ大王が死者の罪を裁いているという荘厳な建物につれて行かれた。巨大な柱や扉、高い天井などすべてが大きく作られていて、内部の部屋数も多かったし、忙しそうに働いている役人の数も多かった。建物には赤を基調にした鮮やかな彩色が施されていた。


ちなみに、三途の川からエンマ大王のいる役所までの道のりがけっこう長くて、道の途中には食堂もあった。1人につき1食だけあらゆる種類の食べ物を注文できるとのことだったので、鶴彦はにゅうめんを頼んだ。人間界のにゅうめんに勝るとも劣らぬ味だった。


さて、この役所の奥にある一際荘重な部屋で鶴彦はエンマ大王とこんなやりとりをした。

「お前は桜井鶴彦という人間で間違いないな?」

「はい」

 大王はどでかい机の上に分厚いノートを開いて鶴彦の生前の行状を確認した。エンマ帳というやつだろう。

「ふむ。お前は生前に1つ罪を犯している。――三輪素子という女が受け取るはずだった恋文を盗んで捨てたな?心当たりがあるだろう」

「はい」

「けしからん!地獄行きだ!!」

 鶴彦は恐ろしさで縮み上がった。

「……と言いたいところだが、これは地獄に落とすほどの罪でもない。ついでに言うと、この女はその男には興味がないから、お前が恋文を盗もうが盗むまいが状況は変わらなかっただろう」

 鶴彦はほっとした。

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