回復魔法スキルを育て上げろ


 ラトオリの街外れ。外壁の西方に広がる林の端で二人は向かい合って立っていた。

 ここならモンスターもそれほど強くなく、ヒメリが攻撃されても即座に戦闘不能に陥るような場所ではない。

 モンスターを前にしてダメージを受ける仲間との連携のシミュレーションもできる。ヒーラーの特訓の場としてもってこいだ。

 腕を組んでクロノはヒメリに告げる。


「じゃあとりあえず、俺にも回復魔法使ってみろ」

「はい」


 ヒメリが杖をクロノに向けると、彼の腕に淡い光が溢れる。何度も自分にかけたことがあるから使い方に関しては慣れたものだった。

 ヒメリは期待を込めてクロノを見返した。きっと今の魔法のこなれ感を見たら少しは見直すに違いない。そんな可愛らしい微かな期待を胸に抱いた。

しかしそれは、クロノの愕然としたような表情にいともたやすく崩された。


「は? これだけ?」

「ですけど……」


 珍しく、というか初めてクロノが眉根を寄せて眉間を摘まんで深刻そうに困っている顔を見せてきた。


「ちょっとスキルの数値見せられるか」

「あ、はい」


 言われてヒメリはオーグアイの機能の一部を起動する。望む相手により詳しい自分のステータス情報を開示することができるオープン機能だ。

 目の前に浮かんだウィンドウを操作して、ヒメリは今使った魔法の情報をクロノに見せる。

 そこには、三種類の数値が羅列していた。



 ファーストキュア

   即発力 10(+30)

   連発力 15

   威力  5



 それを見たクロノはグギギと首を回し、ヒメリをさらに絶望的な目で見返してきた。


「めり子、お前今までどうやって生き抜いてきたの?」

「え? えっ? 別に、これで問題なかったですけど……っていうかアリスさんも同じこと言ってましたけど、そんなに酷いですか? わたし」


 どうやら自分と彼らの間には、何か認識の剥離があるらしい。ヒメリは自信満々で答えた数学の問題を突き返されたときのような表情で聞き返した。


「いいか。この世界での魔法――システム上は大きくスキルと括られて定義されている技や魔法は、レベルが上がると同時に覚えていく」

「知ってますよ、それくらい」

「で、だ。ここからがこのゲームの自由度の高いところでな。覚えた技はレベルが上がると得られるスキルポイントを割り振ることで、その技の威力や即発力、連発力といった三つの要素のバランスを変えることで自分の使いやすいようにアレンジできるんだ」

「あーはい。なんかポイントもらえたんですけど、よくわからなかったのでどれか一つに全部振れば強くなるかなって一つだけに使いました」


 あっさり言うと、彼はビシッと指さしてくる。


「出た! それ出た! とりあえず一箇所に振っておけば大丈夫的な単純思考! 極振りするしかありませんぞなヤケモン脳筋思想!」

「ヤケモンってなんですか?」

「回復魔法ってのは特にこの三つの要素のバランスが大事なんだ。回復量に直結する威力はもちろんのこと、必要なときにすぐに発動できるように詠唱時間(キヤスト)を減らす即発力、次の魔法を撃つための冷却時間(インターバル)を減らせる連発力も同時に上げておく必要がある」

「ふむふむ」


「まあ攻撃特化ヤケモンみたいなのが有効なときもあるが、このゲームではそれぞれの要素を自分の使い勝手や組んでいる仲間との連携に合うように調整していくのが基本だ」

「だからヤケモンってなんですか?」

「なのに威力5て! 威力5て! 最初に覚える回復魔法だから冷却時間(インターバル)ないから即連発できるけど威力5て!」

「そんなに威力5って言わなくてもいいでしょ!」

「なんだよ威力5」

「お願いですからこれ以上変な名前をつけないでください」

「極振りするにしたって普通威力だろ! なんでそこ!? なんで三分の一でそこ!? なんで非効率の最先端をあえて進もうとすんの!?」  

「む、む、むぅ~~!」


 真っ赤になってプルプル震えながら涙目になるヒメリ。

 好き放題言ってすっきりしたのか、クロノはすっと冷静になって説明する。


「つまりだ。普通、最初に覚える魔法は威力を中心的に上げつつ、即発力で使い勝手を整えていくもんなんだよ。だが、めり子が威力ならともかく即発力に極振りしたせいでさっきみたいなしょぼい回復魔法になったわけだ」

「しょぼい……」


 ヒメリは特に考えずにもらったスキルポイントを一番上の項目に割り振っていた。結果、詠唱もいらない即時発動の回復魔法が出来上がったが、威力は調整なしの最弱のままだった。


「威力を上げるとその分詠唱時間と冷却時間が延びるからそのために即発力と連発力って要素を上げる必要があんだよ。威力も上げてないのに即発力(キヤスト)に極振りしたもんだから、連発はできるが、その分何回も使わないと必要とされる効果に届かないわけだ」


 例えば十秒当たりの回復量を見れば、威力を多めに上げた方が基本的には効率が良くなる。

 そこからバランスよくスキルポイントを振っていればHPを100回復するのに詠唱時間二秒、次に魔法が撃てるまでのインターバルが同じ二秒程度かかるが、魔法は一回で済む。


 しかしヒメリは即発力に極振りしているため、魔法を使おうとした瞬間に発動はするが、その回復量は5から10程度しかない。

 そのためHPを100回復するのに十秒間魔法を使い続ける必要がある。もちろん魔法を使い続けている間は他に何もできないため効率は最悪だ。


「はー、そうだったんですね。仕組みがよくわかんなかったので、深く考えずに振っちゃってました。今でもまだ全部は理解できてないんですけど」

「あーそれがもうhimechanたる所以だわー」

「はあああああっ?!」

「まっ、めり子には難しいだろうがな。頑張れよ」

「むっかぁー」


 むくれて頬を膨らませるヒメリをよそに、クロノは得意気に鼻を高くする。


「ちなみに俺がめり子と会ったときに使った攻撃スキルはな、月影降牙っつーんだけど、利便性を損なわないように限界まで威力を上げつつもボスモンスターの挙動に噛み合うように他の二つが緻密に計算されて割り振られてるんだ。計算したのは俺だけど。このバランスは初期からほとんど変えていないのに今でも通用するほど完璧なんだぜ」

「はー、そうですか」

「一番大きなポイントは即発力と連発力の割合だな。モンスターの隙に瞬時に対処できる程度の利便性と、次にやってくるタイミングに合わせる回転率が重要だ。この二つの割合が1:1.618にするとモンスターの挙動とぴったり噛み合うんだが、めり子はこの数字って何かわかるか? 黄金比の比率と全く一緒なんだぜ。俺はこれ、絶対開発が意図してると思うんだよな」

「自慢はいいからちゃんとわたしに魔法を教えてくださいよ」


 ぺらぺら長々と自慢してくるクロノの指導を受けながら、ふつふつと煮滾るムカつきを腹に隠すヒメリ。

 その二人を外から覗いている者がいた。




(今の話、もしかして……!)




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