素直じゃない二人


 それからクロノの先導のもと、ギルドリーグまでの道すがらに主要な施設の場所を教えてもらった。


「ここがバザー広場な。店に置いてない珍しいもんとか欲しけりゃここで探してみろ。蚤の市オークションもやってるから、何か売ったら結構稼げるかもな」

「ほほぉー!」


 露店用のテントが所狭しと張られた広場を、ヒメリは高揚する声で見渡した。


「ここが格安の簡易宿泊所な。ウルスライン始めたやつが初めてフィールドを移動して辿り着く最初の街だから福利厚生が充実してるんだ。ここでまた次の街に向けて準備をしていく」

「ははー♪」


 窓が沢山ついた煉瓦造りの集合住宅を、ヒメリは期待に満ちた目で見上げた。


「ここがモンスターの素材なんかを換金してくれる鑑定所な。適当な店で売ることもできっけど、ここでちゃんと鑑定してもらった方が価格が高くなることが多い。素材集めなんかだと結構利用するようになるから、顔を覚えておいてもらうといいぞ」

「あはは。ここらへんのモンスターも倒せないわたしにはしばらく用はなさそうですけどね」


 笑ってそんなことを言ってみると、彼は足を止めて懐を探り出した。


「そうだ。それで思い出した。これやるよ」

「わわっ」


 投げ渡されたバレーボール大の物体を慌てて受け取って転びそうになる。


「さっき倒したビヨンドの戦利品。換金すりゃあ多少は足しになんだろ」


 それは布に包まれたあのビヨンドの歪な形の角だった。骨材は生活具や装備品を作る職人に需要がある。それがビヨンドのものであれば、通常のものよりも高値がつくことは間違いない。


「いいんですか? 倒したのはクロノさんで、わたし何もしてないのに」


 呆然として聞くと、彼はつまらなそうに後ろ頭を掻きながらまた明後日の方に向いて歩きだそうとする。


「後で『わたしの方が先に見つけたのに』なんて主張されちゃたまんねーしな」


 彼についていきながら、む、とヒメリは口を数秒噤んだ。


「そんなことしませんけど」

「あんま深く捉えんな。トラブルを回避するための予防だ。俺だけじゃなくてウルスラインに慣れてるやつはみんなそうする」

「なんですか、それ。なんだか殺伐としてますね」

「そういうもんなんだよ。特にアイテム関係は恨み妬みに繋がりやすいからな。誰それが先に見つけたとか手に入れたとか、そんなん日常茶飯事だ」

「そんなに冷たい人が多いんですか……?」


 新しい街にようやく辿り着いたのに、なんだか気が重くなるような話だった。


「あのっ、そういうことなら、これお返しします」

「はあ?」

「わたしはほんとうに襲われただけですし、クロノさんが持つべきです」


 受け取った袋を、ヒメリは差し出し返した。クロノはそれに手をつけず、しかめっ面で見下ろしてくる。


「いらねえよ。やるっつってるんだから取っとけよ」

「いりません。なんかレアアイテムとか、わたしが踏み込んだらいけない領域な気がして」

「だから、俺がいいって言ってんだから受け取っときゃいいだろ」

「じゃあ、わたしからのお礼だと思ってください。他にあげられるものないですし」

「いらん!」

「わたしもいりませんったらいりません!」


 ぎゃあぎゃあ騒いで、いるのいらないのと延々言い合っていたら、ついにクロノが終止符を打ち出した。


「ああもう、わかったよ! 受け取ってやるからオーグアイで俺を見てトレード欄開け!」

「えっ、あっ、はい」

「そこにソレを置いてその下にある選択で承諾!」

「わわわ、はいっ」


 ピロリン、とシステム音が鳴って、開いていたウィンドウが閉じ、袋が無事彼の手に渡る。

 そこで、ふと気づいた。


「あれっ!? お金増えてる!?」


 トレードが終わると、なぜか自分のステータスに表示される所持金の額が大幅に増えていた。


「いいか! それがこいつの概ね中央値の相場価格だ! それなら文句ねえだろ!」 


 どうやら彼は、オーグアイの機能を使ってトレードしたらしい。

 直接渡す譲渡ではなく、個人間で売買をするときによく使われる機能で、ヒメリが気づかない内に自分のお金をトレード条件に追加し、ヒメリが承諾したことでアイテムとお金のトレードを完了させたようだ。

 ヒメリも初めて使う機能だっただけに、気づくのが遅れた。そしてそれをわかっていて騙すようなやり口でお金を渡してくるクロノに、ヒメリは収まらない。


「なんでそんなことするんですか! 誠に身勝手!」

「これでもだめなのかよ! 生活困ってんだろ! 素直に受け取っとけよ!」 

「困ってるけどこういうのも困るんです!」

「ええい! どんだけ強情なんだ!」


 道の真ん中で好き放題怒鳴り合い、フーッ、フーッと互いに肩を上下させる二人。

 息が落ち着いてから、ヒメリから口火を切った。


「……わたし、ほんとうに助かったって思ったんです。誰からも誘われなくて、声をかけても無視されて、ずっと心細くて。クロノさんにとってはもののついでに助けたようなものかもしれないですけど、そんな中で、わたしに手を差し伸べてくれたことが嬉しくて」


 ここに来るまでの不安を思い出して、ヒメリはぎゅっと杖を握る。


「めり子、お前……」

「めり子じゃないです」


 彼が疑心暗鬼を抱くこの世界で、道に迷っていた初対面の自分を疑う気持ちもわかる。けれど、そんなんじゃ満足にお礼を伝えることもできない。


「だから、わたしの言葉も素直に受け取ってもらえませんか?」


 できれば彼には、この世界にいるのはそんな人たちばかりではないとわかってほしくて。


「クロノさん、助けてくれてありがとうございました」


 本心から笑顔を向けて、ヒメリは告げる。

 すると、クロノは見る間に顔が真っ赤になっていった。


「も、もういいからその金は取っとけよ。気になんならいずれ何かで借りを返してくれればいいから」


 その顔を見てヒメリははたと気づく。

 この人、もしかしてただ単に感謝されるのが小っ恥ずかしいから、何かと理由をつけて押しつけようとしているだけなんじゃ……。


「じゃあ、そうしましょうか」  

「いいからいくぞ。仕事紹介所、ギルドリーグ。もうすぐそこだから」

「はい!」


 元気よく返事をして、早足で進む彼の背中を追う。

 口は悪いけど、頼んでもいない案内もしてくれるし、襲われただけのモンスターの戦利品までも分配してくれる。

 基本的には親切なんだな、とヒメリは少し心の警戒心を解いた。口は悪いけど。




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