セレスティアル・ブルー ~白い雪の中蘇るは古の世界の記憶、解けゆくは優しき封印~
水無月 秋穂
序章
第1幕.遠い遠い空の下
「忘れ物はない?」
「うん、工具は全部持った。何度も確認したし、抜かりはないよ!」
「……携帯食料は、水筒は」
「あ!」
「はぁ……。リオのことだから、どうせそうだろうと思って持ってきたよ。はいこれ」
集落へと辿り着いた者を出迎えるように生い茂る数多の樹木の葉が、そっと風に擦れ合う静かな音を背に、淡い紫の肩までの髪を持つ少女はにっこりと笑った。
集落から一番近い……しかし歩けば二日ほどかかる距離がある隣街に向かって、延々と敷き詰められた石畳を背に、長い金髪の少年が微笑み返す。
少女の藍にも紫にも見える瞳は揺るぎなく少年を見つめ、少年の青い瞳も、普段と変わらず穏やかだった。
「隣街に出れば、そこからは楽よね」
「そだね、あそこからは交通の便もあるから」
「ここももうちょっと行き来がしやすくなればいいのに。……今だに徒歩か乗馬の手段しか無いなんて」
「仕方ないよアディ。ここ周辺に交通機関が敷かれないのは、ユーディアルの方針でもあるし……それに僕は嫌いじゃないよ、ここのこと」
「まぁ、それもそうね。私もなんだかんだ言ってもここは好きだし」
少年は少し離れた所で嘶いた栗毛の馬に、待たせてごめん、それから重たいけどごめんと小さく囁いた後で鞍を乗せ、鞍の右脇に工具袋の一つを緩衝材でくるんで、さらにその上から布を幾重にも巻いたものを括り付ける。
その後、左脇に少女からもらった数日分の固形食料と水筒を同じように括り付けた。
最後に少年自身が背に飛び乗ると、少女に向かって満面の笑みを浮かべる。
「……大丈夫。向こうに着いたらたくさん色々覚えて、便利道具を発明してみせるよ! 全面的に機械に頼るんじゃなくて、皆の作業の負担を少し減らせるような、支えになるようなもの。なるべく自然の素材を使って、弊害を抑えた……ここのやり方に合った、何かをさ」
「……」
「あ、そうだ。もし長い休みがあったら帰るけど、お土産何がいい?」
「……」
少女は少年の問いには答えぬまま微笑むと、眩しそうに眺めながら、馬上に向かって小さな包みを手渡した。
少年が薄い紙で包んであるそれを開けると、少女の瞳と同色の石が先端に取り付けられているペンダントが顔を出す。
淡くほのかな藍の光が、静かに灯っていた。
金髪をふわりと揺らして、少年はそれを首にかける。
空の青のような瞳が海の青に染まって、再び、空の青へと──
「危なっかしいんだから、道中気をつけて」
「アディ……ありがと」
「……お土産には向こうでの話をお願い。リオのドジ話をたくさん期待してるから」
……笑い声が、響いて。
嘶きと、走り去る音。
踵を返し、集落の中へと歩む、微かな足音。
二つの音が左右に分かれて消えていく。
旅立ちを祝うかのような快晴の空に、時を追う毎に一つ、二つ、雲が浮かび始めて──
数刻後、それは空一面を覆い尽くしていた。
―序章第1幕・終―
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