第28話 襲撃

#単語__ルビ__# ユーノス様が出かけられてから、私はその日の仕事をこなした。


 主には怪我人の治療の継続と、引継ぎがある。


 午前中はわりとスムーズに仕事がはかどり、その日は何事もなく済んだのだ。


 問題は翌日の午後だった。昼食後に書類等の引継ぎをしていた所だった。


 地面の揺らぐような、下腹に響く地鳴りがしたのだ。


 ここは一階であり、遠くまでは見渡せない。なのに、もうもうと天に太く立ち上がる暗い色の煙の柱が良く見えたのだ。


 距離があるが、空高くに巻き上がる黒煙。おそらく国境付近だ。


「一体、何なの?」


 私は座っていた椅子を倒す程の勢いで立ち上がる。


「シタン、有事の際の義務は分かっているな?我々は緊急時は動けない怪我人を守らなければならない」


 ドルトンさんが、どこかに収納していた杖を取り出す。


 彼が杖を持つ姿を見るのは初めてだ。


 では、と、私も杖を出現させた。


「おう、シタンの杖か・・・すごい魔力を感じるな。しかも、筆頭魔術師の魔力を感じる。あの人の秘蔵っ子と言われているだけの事はある」


「秘蔵っ子?私がですか?」


「うん。シタンは知らないだろうが鳴り物入りでの見習いだからな。俺としては心強いよ」


「それ、まったく知らない話です。その上、プレッシャーまでかけて来ないでください」


「あの筆頭魔術師様が、可愛い弟子がいるのだと顔を緩めて話されていたのだから、皆興味深々でな。君に会えるのが実に楽しみだった」


「弟子?本当にそう仰ってたんですか?」


「ああ、本当だ」


 だとしたら、とても嬉しい。弟子として認めてくださっているという事で良いのだろうか。


 だけど、それよりもまずは今のこの状況を把握して対応しなくてはならない。もし医療棟にまでもし敵が入り込んでくるような事があれば、それは末期的な状況だといえる。


 取り敢えず、ユーノス様には緊急の信号だけを送った。



『シタン、どうした?何があった?』


「まだわかりませんが、国境辺りで黒煙が上がっています。地震の様な地鳴りもありました」


『わかった。もしかすると、間者がいるかもしれない。村にも手引きした者がいる様だ。砦でも十分気を付けてくれ。もう少ししたら砦に帰る』


「はい、わかりました」


 味方の中に敵が混ざっていたら、疑心暗鬼になってしまう。それを皆に伝えれば波紋が広がるだろう。


 ドルトンさんと周りを伺う。砦の中は騒然としていたが、皆が戦闘態勢になる。


 砦の伝達によると、あの黒煙の上る辺りで結界が破られ、魔物が出現しているらしい。


 すぐに応援部隊が戦いに向かったそうだ。


 そこに、騎士が駆け込んで来た。


「すまない!治癒師はいるか?王子が怪我をされた。動かせないので来てくれないか?」


 動かせないと言う事は酷い怪我なのだろう。王子だから嫌だとか言っている場合ではない。


「ドルトンさん、私が行きます。ここはお願いします」


「分かった。気をつけるんだぞ」


「はい!」


 呼びに来た騎士に付いて、砦の方に向かう。


「戦闘は激しいのですか?」


 騎士のマントが焦げていた。


「今はもう大丈夫だ。破られた結界付近は丁度、近衛の我々が居たのだ。皆魔法騎士なので雑魚の魔物を狩る位は大丈夫だったんだが・・・信じられないが、味方の中に敵が居た様だ」


「・・・味方の中に?」


「魔物を片付けたと思って気を緩めた頃、突然、近衛の中の二人が味方に攻撃を始めたんだ」


「その二人は、どうしたんですか?」


「王子を真っ先に攻撃して、その後、皆に取り押さえられたら二人共自害した。歯に毒を仕込んでいた様だ」


 王族に忠誠を誓う近衛が、主人を攻撃する等考えられない。


 現場で、皆のマントを外して敷いた上に、王子が寝かされていた。


 確かに、あの美しい王族然とした、王子だった。出血が酷く、血の気が無い。


 かなりの魔力を使われ、至近距離で攻撃された様子だ。他にも三人程、酷い怪我の騎士が寝かされている。


 少し離れた場所に二人の騎士が並べて置かれていた。亡骸のようだ。攻撃して来たという味方の騎士達の様だろう。


 まずは、王子の応急処置からだ。


「失礼します」


「ああ、来てくれたのか。有難い。治癒師が砦に居てくれて良かった」


 傍に付いている騎士は従者なのだろう、甲斐甲斐しく世話をしている。意識のない王子を守るように傍にいる。


 王子は腹の出血が酷く、内臓まで傷ついている様子だ。これだけ深い傷を負っているのに、他には傷が無い。


「治癒の際、王子が暴れないように四肢を抑えて下さいますか?深い傷の治療の時、痛みを感じられる方もいらっしゃいます」


「分かった。頼む」


 直ぐに王子の手足を騎士四人が押さえてくれた。


 王子の怪我を応急処置し、他三人も同じように処置した。


「手際が良いな。腕の良い治癒師が居てくれて助かった。あとは治療棟まで運ぶので戻ってくれ」


「分かりました」


 従者の人は、サイカン・ゼノアックと名乗ったので、私も名前を返す。


 後で、ゼノアック宰相の名前を思い出し、身内なのかも知れないと思った。


 王子と怪我をした騎士も医療棟に運び込まれ、医療棟の住人がまた増えてしまった。


 




 


 


 




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