第2話 物語の中の世界

 シタンは生まれて直ぐに、ヴィエルジュ伯爵家の離れで使用人に育てられた。


 母屋に入る事は禁じられ、極力、父と兄の眼に触れぬ様にと定められたのだ。



 『母親の命を奪った娘』として、父と兄に憎まれ、恨まれたのだ。



 父親であるヴィエルジュ伯爵は、子供の頃からの許嫁(いいなずけ)であった、美しく優しい妻をとても愛していた。


 娘のシタンが生まれた時に、妻を亡くした事で、その後、必要最低限、娘に会おうとはせず、全ては家令に任せた。


 妻の命を奪った、娘の魔力の大きさは、政略の駒になる。


 それ程の魔力を持っているという事は、王家の王子の婚約者として選ばれる可能性があった。


 強い魔力を持つ者は、王家の魔力の力を維持する為に必要だ。



 憎い娘でも、貴族にとっては魅力的な駒だ。


 だから教育し、育てる必要はあったのだ。



 特に、王家の妃にという事であれば、教育は必要だった。


 ある程度の年齢に達すると教育は受ける様になる。


 但し、誰にも娘への過度の接触は禁じた。


 

 その後、シタンが5才になった時に、ヴィエルジュ伯爵は後妻をもらう。


 後妻のエレンには、シタンより二つ上のマリーンという娘がいた。



 エレンを後妻に貰った経緯は、エレンが亡くなった妻の従姉妹にあたり、早くに主人を失くしていた事と、その容姿が、亡くなった妻によく似ていた為だった。


 白金の髪に薄い水色の瞳。義娘も同じ色を持ち、とても好ましく映ったのだ。


 父も兄もこの二人の新しい家族を亡くした人の代わりの様に愛し大切にした。



 シタンは、ヴィエルジュ伯爵家特有の漆黒の髪にアメジストの瞳を持っていたが、生まれた時ですら見ようとしなかった父には、興味の無い所だっただろう。


 美しい少女だった。シタンの兄も同じ色を引き継いでいた。


 小説の中で愛を知らずにそだったシタンは、婚約者となった第二王子に依存するようになる。


 形だけでも大切に扱われた為に、愛されていると勘違いをしてしまったのだ。


 その後、シタンの知らぬ間に、第二王子は、義姉のマリーンと親密になり、シタンを退けマリーンと結婚を決める。


 それを知ったシタンは怒りで魔力暴走を起こす、マリーンを殺そうとしたという罪で捕らえられそうになるが、その場で呪いを吐き、自害する。


 彼女の悲しみは深く、最後に魔王に願った願いは聞き届けられ、数年のうちに国は亡ぶのだ。


 イヤファン?(嫌な気分になるファンアタジー)ホントはなんていうのか知らないが・・・。




 私は、そういうのはいらない。


 第二王子は、美しく優しい、マリーンと婚約でもなんでもすれば良いのだ。


 誰からも優しくされれば、誰でもそうなるわ。


 でも、そういう人って勘違いも甚だしいお花畑の住人になる方が多い。



 シタンが居なければ、この二人が普通に出会う事はないだろう。


 まあ、どうでもいいけど。



 出会っても、マリーンの魔力は並である為に、他に候補がたくさんいるのだ。そうなるとどうなのだろう?


 いろいろと番狂わせが生じて面白い事になりそうだと思った。



 シタンを第二王子の婚約者にはさせたくない。


 この物語の設定の、セントレナ魔法国は魔法ありきの国だ。


 シタンの魔力を持ってすれば、世界征服も狙えるレベルなのだが、この国には凄い魔術師がいる。


 彼に魔力暴走を止められて、王子に断罪される。




 実は、この魔術師がこのお話の中での私の推しである。


 天才魔術師の名を欲しいままにした彼も、とても淋しい人で、愛情に飢えている設定だ。


 彼は、話の中でもシタンをなんとか救おうとしてくれるのだが、絶望したシタンの心には届くことは無かった。


 この、魔術師様の名が、ユーノス・シャオリオンという。


 彼は、ハルディア伯爵家の長男であるにも関わらず、父から後妻の生んだ次男に家督を譲るので家を出ろと言われる。


 魔術師の学校までは出してやると言われて。有無を言わせずそうされたのだ。


 これは、父の一存であり、納得のいかない話だったが、もともと父の婚約者だったのが次男の母親だった。


 ユーノスの母との婚姻は政略であり、その後、勢力を衰えさせた母の実家は没落した。


 その妻が病で亡くなったのを良い事に、喪が明けるのを待たず、すぐに元婚約者だった娘を後妻にしたのだ。


 

 だが、ユーノスは天才的な魔術師であり、魔術師学校でも素晴らしい成績を収める。


 何度も国の為に尽くした結果、異例の速さで侯爵位にまで上り詰めた。有名人だった。



 国から褒賞として貰った侯爵位の領地がシャオリオンという領地で、そのままシャオリオンの名を貰い、ユーノス・シャオリオンと名乗る事になる。


 その後、彼はハルディア伯爵家とは一切の関わりを持っていない。何度か実家から謝罪の手紙を送られたようだったが、当然受け入れなかったようだ。


 この物語の最後に、国を見捨て他国に亡命した彼が、シタンの事を偲ぶ語り口で物語が終わる。


 この物語で、まともなのはユーノスだけだった。


  


 




 

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