第38話 到着5日目・昼その8


 スエノさんはそこからつらい過去を話してくれました。


 名家シンデレイラ家はもともと、パパデスさんが一代で成り上がった世間で言ういわゆる成金の大富豪なのです。


 パパデスさんの築き上げたシンデレイラ財閥は、金融・物流・物販・メディア・広告・IT関係まで幅広く事業を展開しており、しかもそのほとんどの企業が世界的に有名な企業なのです。




 そして、当時、社交界で一世を風靡していたモデルだった正妻のママハッハとニ十数年前に結婚し、アネノさん、ジジョーノさんの二人の娘さんが生まれた。


 だが、アネノさん、ジジョーノさんがそれぞれ10才、8才の時、パパデスさんの浮気が発覚したのだ。


 浮気の相手の女性、つまりスエノさんの実の母親は、スエノさんを産んだ際、亡くなってしまったというのです。


 なんということでしょう……。




 スエノさんは他に身寄りがなかったため、パパデスさんが引き取ることになりました。


 ナニー・ウーバという女性が乳母として雇われ、赤ん坊のスエノさんの面倒を見ていたのですが、ママハッハさん達からはまったく無視されていたとのこと。


 その上、急に館にやってきた赤ん坊は夜も泣き声がやまず、ママハッハさんはもちろん、アネノさん、ジジョーノさんからなんとかしろと、パパデスさんに要求があったのです。



 こうして、スエノさんの泣き声がうるさいということから、スエノさんの部屋が防音室になったというのでした。




 そして、その乳母のナニーさんは10年前、アネノさんやジジョーノさんの度重なる嫌がらせから、スエノさんを唯一守ってくれていた存在だったのですが、突然、自己都合でやめたというのだ。


 「あれは……、おそらくは解雇されたのだと思います。姉たちや母上がナニーを嫌っていましたから……。」


 スエノさんは肩を揺らしながら、語ってくれました。


 おそらく当時のことを思い出して、悔しくて悲しくてやりきれない思いがあるのでしょう……。




 「それは……、大変でしたね……。申し訳ない。つらい過去を思い出させてしまったようだ。」


 珍しくコンジ先生が素直に謝りました。



 「いえ。構いません。それで、いったい、その防音室という事がなにか気になりましたか?」


 「ああ。パパデスさんが犠牲になった夜の翌朝、スエノさんの部屋が荒らされていたでしょう?」


 「そうです。私はあのとき、姉や母上に言われて、『右翼の塔』の地下保管室で過ごしていたものですから、あの朝、ジニアス……、さんと一緒にこの部屋が荒らされていることに気づきましたのですわ。」


 「そうです! 僕も一緒にあの部屋の様子を見て驚いたんですよ!」




 「ああ……。僕もあの部屋の様子は確認したからね。ひどい有様だったね。」


 「そうでしたね…‥。でも、コンジ先生、どうしてその防音になっていることが気になったのです?」


 私はふと聞いてみました。




 「ああ、それはだね。あんなにもひどくこの部屋が荒らされていて、あまつさえ窓ガラスも割られていたと言うのにだよ? あの夜、徹夜で階段の間のほうを見張ってくれていたシープさんはいったいなぜ? この部屋の物音に気が付かなかったのだろうか? それが気にかかっていたんだよ。」


 「ああ! たしかに! 私と同じように、あの夜はシープさんが見張っていたのでしたね? 確かに窓ガラスが割れた音とか聞こえますよね!?」


 「うむ。その謎が今、解けたというわけだ。」


 「そうでしたかぁ……。でも、それでもこの部屋が荒らされていた理由はわかりませんね……。」


 「ああ。そうだな。それと、どうやってあの夜、イーロウさんを殺害した人狼が、パパデスさんをその後、襲うことが可能だったか? その謎は相変わらず残ったままだ。」




 コンジ先生の黄金の頭脳を持ってしても、イーロウさん、……おそらくジジョーノさんも……を殺害した人狼がその後にどうやって、パパデスさんの部屋に入り込み、パパデスさんをその手にかけたのか? という謎は明快になっていないようでした。


 「だが……、人狼がイーロウさんの部屋から、屋根伝いにスエノさんの部屋の真上までやってきて、窓をぶち破り侵入したということは否定される!」




 「ええ!? そ……、それは! キノノウ先生! どうしてでしょうか!? 『黄金探偵』の名推理ですね!?」


 スエノさんがコンジ先生の推理を聞きたがって目がキラキラしています。



 「うむ。あの日の午前中、僕は館の中庭部分を確認したが、雪が荒らされた様子は一切なかった。まあ、もっとも中庭を歩いて渡ったとしても、『右翼の塔』側の3階まで上がる能力や、その痕跡は確認できなかったから、中庭を歩いて渡ったという仮説は否定される。」


 「ああ。そう言えば、コンジ先生、窓の外を見てなにか確認していらっしゃったようでしたね……。」


 「それに、屋根の上も雪が乱されたような痕跡は確認できなかった!」


 「ちょ……! いつ屋根の上を確認されたんですか?」


 「ああ。あの日、シープさんとジェニー警視と一緒に武器庫を確認しに行った時に、シープさんに言って『右翼の塔』の鍵を借りて、塔の5階の窓から屋根の上を確認したんだよ。」




 なんと! コンジ先生は、人狼が『左翼の塔』側のイーロウさんの部屋から、『右翼の塔』側のパパデスさんの部屋へ、シープさんの監視の目をくぐり抜けたのは屋根伝いに行ったのではないかとすでに推理して確認済みだったということなんんですね!


 さすがは、私の……、あ、いえ、こほん……。コンジ先生です!!


 コンジ先生! かっこいい!




 「それはつまり……?」


 「スエノ……さん、僕にもさっぱりだよ!」


 「ええ。ジニアスさん。僕もまだその謎は解き明かせていないのさ! 屋根伝いに渡って行かなかったということは、他ならぬ僕自身が証人というわけだ。不可能状況の証人という……、シープさんのようだな。」


 「シープさん……。そう言えば疑いの目を向けてしまったこともあったわ……。人狼の手にかかり、亡くなってしまったのよね……。」


 「うむ。だからと言って、正確に言えば、あのときの人狼がシープさんじゃあなかったとは断言はできないがな?」


 「ええ!? そうなのかい? キノノウさん!?」


 「ジニアスさん! そうなんですよ! 人狼は次々にその血をすすった相手に成りすますことができるのですから……!」




 ああ! そうでした!



 1つー。 人狼はその血を味わった人間に化けることができる。


 1つー。 人狼はその血からその人間の記憶や体質など遺伝子情報まで読み取ってなりきってしまう。それは、親しい人間でさえ、見分けがつかない。



 ……ということでした!


 つまり、その時々によって、化けて成り済ましている人物が違っていることがあり得るということ!


 そして、コンジ先生はすでにそのことを考えていて、想定の範囲内で推理していると……。




 「さすがは『黄金探偵』のキノノウ先生ですわ! スエノ! 感激しました!」


 「おっと……! 僕もキノノウさんの鋭い洞察力と推理力に脱帽しましたよ。」


 スエノさんもジニアスさんも、コンジ先生の論理的な思考力に感嘆しているご様子でした……。





 だけど、私だけでなく、ここにいるスエノさんもジニアスさんも結局、イーロウさん殺害とパパデスさん殺害の謎が解けぬままだということは、理解したのでありました。


 人狼はビジューさんに化けて、どこへ消えてしまったのか?


 そして、この後もまだ悲劇は繰り返されるのでしょうか?




 館の外からは、やはり吹雪の風巻く音がゴォゴォ……と聞こえるばかりでしたー。






 ~続く~




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