第29話 到着4日目・昼その6


 シープさんと私が自分の部屋の扉から、階段の間のほうをずっと夜通し監視していたことで、私たち誰もが昨夜の犯行を行い得ないという不可思議な状況になってしまった。



 「私たちは部屋に戻らせてもらいますわ! 誰も彼も信用できませんもの!」


 「ええ! お母様。行きましょう!」



 そんな重苦しい雰囲気の中、いたたまれなくなったのか、ママハッハさんが強く宣言して、アネノさんと共にダイニングルームを出て行った。


 シープさんが付き添いで一緒に出ていく。




 ビジューさんは何事か考えているようです。


 部屋の隅で座ってじっとしています。


 ジニアスさんとスエノさんは一緒に同じく出ていきました。


 二人でなにか相談したいとのことでした。






 アレクサンダー神父はやはり祈祷をして、神に人狼を見つけてもらうと言い、『左翼の塔』に向かいました。


 本当に神父さんって人狼を退治するためにやってきたのかしら?


 はなはだ疑問です。




 メッシュさんは去った方たちの食事の後片付けを始めています。


 シュジイ医師はなにか思うところがあるのか、食事をゆっくりとされていて、まだ残っています。



 「キノノウくん。君の意見を聞こう!」


 ジェニー警視が人がいなくなったのを見計らってコンジ先生に声をかけてきた。


 コンジ先生も黙って頷いた。




 「そうですね。昨夜の状況で怪しむべき人物として、可能性は誰にでもありますが、僕は今2名の人物が気になっています。まあ、最も気になるのは一人ですが……。」


 「ほお? 私もそうなんだよ。奇遇だな。」


 「え? 私はまったくわかりません!」



 「ああ。ジョシュア。君も合理的に考えれば分かるだろう?」


 「えぇ……。あ! 誰か空をびゅーんと飛んできて、窓から入ったとか!? それで、コンジ先生、窓の外を見てらっしゃったんだわ!」


 「お……おぅ……。ジョシュア。君のその発想力はたくましい。そのことだけは褒めるべきだな。」


 「ええい。ジョシュアくん。いいかね? 人狼は空を飛ぶこともできんし、3階まで何もないところを登ったりもできんよ。それにさっき館の外の壁を確認したけど、何も傷などついてなかった。ヤモリかカエルみたいに張り付いて登ったりせん限り、壁を伝って上に上がったりはしてないだろう。」




 私が次に言おうとしていた蜘蛛男みたいに壁を登った主張も先にしっかり否定されちゃいました。


 それなら、誰に出来たと言うのかしら?


 おふたりとも何か考えがあるようですが……。




 「一人目は……。」


 「ああ。スエノさんだね?」


 「ええ。その通りです。ジェニー警視。」



 え……? スエノさんって一番嫌疑から外れたって言ってませんでしたっけ……?


 どういうことでしょう?




 「スエノさん……って昨夜は『右翼の塔』の地下室に閉じ込められてたんですよね? それがどうしてなんですか?」


 私はわけが分からな過ぎて思わず大きな声で尋ねました。




 「いいかい? 『右翼の塔』も『左翼の塔』も同じ造りになっていて、ちょうどパパデスさんの部屋の裏側に当たる箇所に扉があるんだよ。」


 「それね。もし、どこかにマスターキーを隠し持っていたなら、パパデスさんの部屋には『右翼の塔』から入ることが出来たって言うわけね。」


 「なるほど……。そうかぁ……。でも、それもなくないです? マスターキーをどこに隠し持っていたっていうの?」


 「ああ。まあね。その問題はあるけど。例えば、何かの中に隠していて、ジニアスさんに持ってきてもらっていたとか……ね?」




 ハッ……!


 それはたしかにあり得るかもしれない。


 ジニアスさんが体良く利用されていたとしたら……?


 それとは知らずにジニアスさんが、地下室のスエノさんにマスターキーを渡していた?



 いや。待って!


 パパデスさんをその牙の餌食にしたとして、もしスエノさんが人狼なら、先にイーロウさんを襲っているはずだから、その行動に矛盾が生じるわ。




 「でもそれはイーロウさん殺害の謎に説明が付きませんよ?」


 「ほお? ジョシュアもわかってるじゃあないか。そのとおりだよ。殺害の順番は、イーロウさん、そしてパパデスさんの順だからね。それにスエノさんが人狼だったなら、イーロウさん殺害はやはり謎になってしまう。」


 「そうだな。キノノウくんの言うとおりか。私も最初、スエノさんを疑ったんだがな。」


 「じゃあ、いったい誰がこの連続殺人を行えたと言うんですか? 誰も不可能だったんじゃあないですか?」




 「いや。それが一人だけ、その機会があったと思われる人物がいる。」


 「え!? 誰ですか? 早く教えて下さいよ!」



 ここでコンジ先生が声を低めて言った。



 「シープさんだよ。」




 「は……? どういうことですか?」


 「うん。考えてごらん? ジョシュア。君もだけどさ。昨夜ずっと見張りを頼んでいたよね?」


 「ええ。そうですよ。眠いの我慢しながらちゃあんと見張りを頑張りましたよ! もちろんシープさんも辛くても頑張ったんだと思いますよ。」


 「ああ。そうだろうな。だけど、昨夜、パパデスさんの部屋に行けたのは、あそこにいるシュジイ医師だけだと言うことになったよね?」



 あ、たしかに、そういう話が出ていたわ。


 でも、それなら、イーロウさんの件が不可能になるということだった……。




 「キノノウくんの言う通りだな。だが、そうなると同時にイーロウさんの件ではシュジイ医師は嫌疑が外れることになるな。」


 「そ……、それが謎なんじゃあないですか!?」


 「だけど、そのシープさんの証言が嘘だったら? そうするとどうだい?」


 「え……? シープさんの証言が嘘……、そんな……。」




 もし、シープさんの証言が嘘であったら?


 いったい何のためにそんな嘘をつくのか……。


 誰かをかばっている?


 いや……。シープさんが人狼だったら?



 そう!


 シープさんが人狼だったなら、最初からこの連続殺人は不可能でも何でもなくなるわ。


 イーロウさんの部屋には誰もが忍び込めた状況だった。


 もちろん、シープさん自身も。




 そして、シープさん自身が人狼なら、誰も『右翼の塔』側の3階の階段の間を通らなかったという証言はなくなり、その証言をしている張本人が堂々とパパデスさんの部屋に行き、惨劇を行い、その後、何食わぬ顔をして朝まで見張っていたふりをしたということになる……。


 何もかも辻褄が合うわ。


 私はコンジ先生とジェニー警視の顔を見上げた。


 二人とも私の考えと同じことにすでに辿り着いていたんだわ。




 「だが、早計に決めつけるわけには行かない……。」


 「なぜです? これほどまでに怪しい状況じゃあないですか?」


 「うー……ん。それもなんか違和感があるんだよ。」


 「あれ? キノノウくんはシープさんで決まりと考えていると思ったけど、何かひっかかるのかい?」



 「それはですね。シープさんが怪しい状況っていうのは、他ならぬシープさんの証言によってそういう状況になっているんですよ?」


 コンジ先生が思わぬ指摘をした。




 たしかに、言われてみるとそうだ。


 シープさんがもし人狼なのであれば、ここで嘘をついて、つい眠ってしまって見張りが出来なかったと言っても良かったですよね。


 わざわざ、しっかり見張っていたと嘘をついたことになる。


 どうせ嘘の証言をするのなら、自分自身が疑われないようにすればいいのだから……。




 「そこが僕は引っかかっていてね。それに……。他にシープさんの監視の目をくぐり抜けた方法があれば、全員に容疑は広がるのだから……。」


 「なるほど。キノノウくん。それで何か監視の目をすり抜けられる手段に目星がついているのかい?」


 「うーん。まだ、考察中ですがね。」




 さすがはコンジ先生です。


 慎重ですね。




 しかし、シープさんが俄然、怪しく思えてしまうのは、この不安を早く拭いたいという焦りからなのでしょうか……。



 ゴォオオオオ……ォオオオ……




 吹雪が舞う音がやけに耳にへばりつくのでしたー。





 ~続く~




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る