ガラス破損事件
ちわか
ガラス破損事件 脅迫編
教室の窓ガラスを割ってしまった。
だが
そして
バーン!!!
何かと何かが衝突する音が聞こえた。教室の扉側から投げたマグネットがそのまま窓ガラスに衝突したのだ。4人とも気まずくなった。教室外にいる人間が寄ってきて野次馬が増えてくる。これは隠してもどうせバレると考え、とりあえず先生に報告をしようと三山は3人に伝え、3人は頷いた。ちょうど近くに通りかかる
笹井先生は慌てながら
「あなたたち4人はここで待っていなさい!
学級委員さーん、職員室に行って担任の先生を連れてきて!」
笹井先生にそう言われて架橋、三山、山口、下沢はそのまま教室に残って担任の先生が来るのを待った。
だが昼休みの終わり頃に発生した事件であったのですぐに解決とは至らず放課後再び集まって事情を聞かされることになった。
今回、4人は生活指導専門の応接室への集合を命令された。
やんちゃなことをしたらたいてい応接室に呼ばれ、そこでみっちり絞りあげられる。4人は先に部屋に入りしばらく待つ。
その間
三山が口を開く
「結局、ガラスを割ったのは誰?おれは窓側にいたから無理だぜ。」
それに続いて下沢も喋りだす
「だったらオレもだぜ。棚の中間にいたんだから。」
「中間でも窓までの距離はあるんだから無理とは言えないけどな。」と架橋が割り込む。
「おい、なんだよ。オレがやったって言うのか?」
下沢が架橋をじっと見る。
「冗談だよー。なんかお前らがピリついてる感じがしたから適当に言っただけだよ。」
と架橋はニッコリと笑う。
「ったく、架橋はむしろ緊張感持てよー」
三山がそうツッコミを入れて下沢も笑い出す。うまく緊張はほぐれたと架橋は感じた。
ただし、1人を除いて。
山口が1人でしゅんとしてしまっている。負い目を感じているような顔をなんとかかき消そうと努力しているのがわかる。架橋は窓ガラスが誰によって割られたのが分かっている。もちろん、三山と下沢も。
ただ、窓ガラスを誰が割ったと分かっていても先生の指導が犯人探しでなければ特に話す必要はない。
事件の真相を究明する方向に行き、犯人探しをするのか。犯人どうこうより、なぜマグネットで遊んだのか、その動機や軽んだ気持ちを叩き直す方向へ行くのか。
この2つのどちらかに生活指導は傾くだろうと架橋は推測した。
そして生活指導担当の先生が応接室に入ってくる。この中学校では生活指導担当の教員は学年別で別れていて、その学年主任の教師が生活指導も掛け持ちするというものだ。その学年主任兼生活指導の教師が
高津は50代前半で、体型はややぽっちゃり、顔は所々にシミがあり、眼鏡をかけ目元のシワが何重も並んでいる。普段の高津は温厚で授業中にいつも役に立たない雑学を教えて生徒たちを楽しませる。
そんな高津が応接室に入って開口一番、
「テメエらふざけんじゃねえぞ!コラァ!もう犯人は分かってるんだよ!くそったれ!」
暴言とともに始まった生活指導。気迫が激しすぎて意識が吹っ飛ばされるぐらい架橋、三山、山口、下沢は圧倒された。
「おめえら、白状するまで返さねえからな!クソッタレども!」
架橋もこれは予想外であった。あの温厚な高津がここまでにして人格を無理やり変えるだなんて。だがこの発言で生活指導の方向性は掴めた。窓ガラスを割った犯人を特定し事件の真相に迫るという方向に。
しかしバカだなと架橋は思った。事件の究明がしたいだなんて警察じゃあるまいし、それよりも連帯責任とかで腐った性根を叩き直すとかすれば、まだマシなのにと心中で軽蔑した。
「誰ダァ!ガラスを割りやがったクソ野郎は!もうオレら教師は聞き取りをして誰が犯人かわかってるんだよ!」
ひどい暴言。あんな温厚な人が。ガラスを割ったのは山口だ。山口が口を破るまで、俺たちは何も言わないと架橋、三山、下沢は心に誓った。理由は単純、友達を売ろうだなんてできないから。そしてこの生活指導そのものが間違っているから。三山、下沢もそれに気付いてる。教師のやり方が間違っているなら、相応の対応をとって応戦してやる。山口以外の3人はアイコンタクトをして一瞬にして暗黙の了解を作り上げた。
「オイ?なんか言ったらどうだ!お前ら!おとなしく縮み込んでじゃねえぞコラァ!」
明らかなストレス解消。そりゃあ教師一筋でやればストレスや疲れも蓄積することだろう。
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
架橋、三山、下沢は無言で応戦する。山口を匿っているのではない。この間違ったやり方をしている教師に反抗しているのだ。
だいたい、なぜ犯人を特定する必要がある?ガラスを割った連中さえわかっていれば連帯責任として絞りあげればそれで済む話だというのに。
「仕方ねえな、じゃあ1人ずつ洗いざらい吐いてもらうぜ。まずはテメエだ」
高津は1人ずつ供述させていき犯人を突き止める方法へシフトする。最初に供述を促されたのは下沢だった。3人はこの方法に反抗する気はない。山口本人が自白するまであくまでも口に出さないだけ。だから
下沢は正直に話す。
次いで三山。
その次は架橋。
「僕は教室の端の掃除用具箱付近にいました。棚からは離れていました。」
そう告げ、そして山口に移る。山口は激しい緊張感に襲われていた。心臓の鼓動が体全体で感じ取れるほどに。
彼は自白………すると思いきや……
「僕も掃除用具箱の近くにいました。なので棚からは離れていました。だから、僕はやっていません。」
虚偽の供述を山口はした。
三山、下沢は山口の表情を恐る恐る伺おうとする。こちらの配慮を踏みにじった裏切りに対する恨みではない。純粋に彼を心配したから。架橋は山口の気持ちは十分わかるため、彼の表情は伺おうとしない。山口はこの凶悪化した教師に萎縮してしまっている。緊張しすぎてまともな思考ができなくなっている。だが、代わりに山口が犯人である判断材料は与えたくない。これをやってしまうと教師の応戦方法である黙秘が使えなくなる。すなわち敗北を意味する。架橋は山口が自白すればこれで終わりだろうと考えていた。しかしその山口が自白しないならできるように誘導する必要があると新たな策を考える。
だが高津が再度仕掛けてくる。
「こっちは分かってんだよ!目撃者に聞き取りしたから犯人は炙り出してんだよ!さあ、誰なんだよ。犯人がわからねえと帰らせねえからな!」
さらっと軟禁するぜと言われて、ことは厄介になると架橋は頭を悩ます。こんな強制的に犯人を見つけ出したいのか?それが架橋にとって気に入らなかった。その時、高津は架橋の表情が曇り出したのを見逃さなかった。
「おい、おまえ」
「え?」
「てめえがやったのか?ガラス割ったのか?どうなんだよ!」
高津が架橋に仕掛ける。
「いや、ぼくはさっき言った通り掃除用具箱の近くに……」
「そう言うことじゃねえんだよ!オレが聞きてえのはてめえがやったのか、やってねえとかだよ!
頭悪いなーぶっ殺すぞ」
脅迫。罵倒。八つ当たり。架橋の堪忍袋の緒が切れた。もう、こいつに勝つのは無理だ。そう判断した架橋は無理やりクライマックスへもっていく。彼は供述した。
「ぼくはたしかに掃除用具箱の近くにいました。でもぼくの真ん前に、棚の左端に誰かがいたのは覚えています。」
この発言が真だと仮定するならば位置関係からして下沢もあり得るが、山口を1番に当てはめることができる。
「なら、テメエか?」
高津は山口を睨みつける。
山口は先ほどよりはだいぶ落ち着いている。どうやら自白する決心はついたみたいだ。
彼はゆっくり口を開き自白した。
「はい。嘘をついていました。僕が窓ガラスを割りました。」
「ほーーう。」
無論、高津の攻撃はさらに激昂するかと思いきや……
「やっと自白してくれたか。それでいいんだ。」
高津は息を整え優しく包み込むように山口に声をかける。
「正直に言ってくれれば私もこんなに怒鳴ることはなかったんだ。」
三山、下沢もその豹変ぶりに驚く。しかし架橋は高津の真の狙いに薄々気づていた。
立場上、架橋側が弱いためもはや対抗手段は残されていない。
これからは高津の独擅場となってしまった。何をするにしても高津の思いのまま。
「私ね。部活の重要なミーティングに出向かなければならなかったのに、君たちのの指導のためにキャンセルしたんだよ。」
高津を巻き込んだ被害者の拡大、どれだけ迷惑をかけたかを4人に分らせ罪悪感を背合わせようとしている。
「校長先生との大事な打ち合わせもあったのにそれもキャンセルさ。これから私は仕事に終われるよ。トホホ。」
高津の被害者的発言で架橋たちをさらに凶悪化しようとする。
「でも、いいんだ。気にするな。だって私は教師だ。こうやって問題を起こした生徒を叱るのは当然の責務だからね。」
気にするな的な言い方をして若干安らぎを与えつつも、その後に罪悪感に苛まれて苦しめさせようとするといったところか……と架橋は、高津の策略を解き明かす。
「よっし!綺麗さっぱりことは片付いたな!もう帰りなさい。夜遅いしな、親御さんも心配してるだろう。私は帰れそうにないけどな。」
最後の最後まで架橋、三山、山口、下沢を甚振り、応接室での生活指導は終焉した。
架橋は帰り道、3人に高津の最後の態度の豹変とその狙いを説明して処方箋を打っておいた。3人は納得し、なんとか心理的なダメージは防ぐとはできた。だが高津のあの罵詈雑言は4人の心に深く刻み込まれた……深刻に。
事件の翌日
放課後に再び架橋、三山、山口、下沢は呼び出されていた。謝罪文を書かせるためだ。
「昨日で事件の真相を解き明かし、そしてこの謝罪文でオレたちに連帯責任をしっかり取らせるのね。」
三山がだるそうにため息を吐いて、ペンを走らせる。
「ごめんな、俺のせいでおまえらに迷惑かけたな。」
山口が昨日のことを負い目に感じていて素直に3人に謝罪した。
「気にすんなって!誰でも調子に乗ったらああなるわ。俺だったもしかしたら超高速でマグネットを滑らせたら、窓ガラスが吹っ飛んだかもな!」
下沢が山口をフォローする。
「さっさとこんな謝罪文書いて帰ろうぜ。400字詰めにきっちり書くのはめんどくさいからな。」
架橋は謝罪文の書かせる量が多すぎて嫌気がさしていた。
「架橋、ごめんな。俺に自白させるために。やっぱ、位置的にも架橋が犯人になるかもしれなかったからね。」
架橋の最後の発言とは山口が棚の左端にいたと言ったこと。それが山口にとって架橋が冤罪を避けるために高津が山口を追求するように仕向けたと思っているらしかった。
「高津のあの非常識な追及は誰しも困惑してまうよ。だから嘘をつくのは無理もない。俺は高津の吐き出した言葉が侮辱極まりないと感じた。これ以上あいつのペースに合わせたくなかっただけなんだ。決しておまえを恨んでいない。」
「ヒューっ!男前だね!架橋!」
下沢が茶化す。
「うるさいわい。さっさとこんな謝罪文終わらせて、どっか遊びに行こうぜ。」
架橋が3人に呼びかける。3人は頷き自らの作業に戻る。
「だめだね。書き直しておいで。」
これで10回目。
謝罪文を書き始めて4時間が経過した。誰も合格サインは下されていない。
謝罪文の添削にあたっているのは架橋ら4人の担任の先生の
高津とは対照的な体型をした細身型の砂山は何かと難癖をつけて謝罪文を突き返す。
架橋は我慢ならなかった。
「先生、」
「ん?どうした?架橋、」
「いい加減にしてくれますか。」
「ん?」
架橋は納得いかなすぎて砂山に文句を言おうとする。三山、山口、下沢も心配して見つめる。
「時間稼ぎがしたいんですか、何度も何度も表現を変えるように催促してきて。なぜ"不注意"という表現を"飛んだ出来心"にするですか。なぜ"大惨事なることを予見できなかった"が"皆さんの被害を考慮しなかった浅薄な僕の認識力"となるのですか?なぜ"申し訳ない"がもっと誠意を込める必要があるんですか?土下座の絵を書けってことですか?どれも僕が無能であることを書かせたいわけですか。」
「だって、この遊びをすること自体、君も含め、君たちはまだまだ子供だからだよ。ちゃんと改まった表現をして、もうオレたちは子供じゃないよ! と文章で意気込みを見せつける必要があるんだよ。」
「それは、学年主任の判断ですか?」
「いや、私の判断だよ。担任として君たちの社会性の面倒を見るのは当たり前だからね。」
「なら、他に僕たちを指導できるところはありますよ。こんなわざわざ文章に起こすような面倒なことはしなくてもいいと思いますがね。」
「架橋、」
砂山がため息混じりに架橋を今一度呼んだ。
「なんです、」
「おまえは何も分かっていない。そんなので社会に通用すると思っているのか。社会をなめるな。」
「砂山先生にとって、文書が何よりも武器になるってことですか?僕はそうは思いませんですかね。」
「屁理屈を言える立場か?文書は人間の唯一の武器なんだ。さっさと書いて帰りたいんだろ?なら、私の指摘した通りに訂正すれば早く帰れるんだぞ。」
「ほとんどの表現が訂正されてるんですから、先生がかわりに僕たちの謝罪文を書いたほうが早いと思うんですけどね。」
「なあ、架橋。君は自意識過剰だぞ。いつでも自分の思い通りに生きれると思ったら大間違いだぞ。」
「なぜ、ぼくが自意識過剰だと思うんですが?その根拠は?他人の言うことも聞いてますよ。間違ったことをしたらちゃんと謝りますよ。今の砂山先生とのやりとりがわがままというなら、僕は先生に失望しますね。僕は先生の無駄な指摘を指摘しているのですから。」
「………」
架橋はそう吐き捨てて、席に戻った。
砂山はそれ以上踏み込まなかった。
1時間後、全員の謝罪文が揃った。晴れて4人は学校から解放された。
4人はいつものように、楽しく喋りながら、買い食いしながら帰っていった。
しかし彼らは心のどこかで、復讐したい思いがあった。
そしてこの事件は思わぬ展開を辿ることになる。
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