10話 魔王軍のナンバー2

 私の異世界生活は、初日を除けば脅威らしい脅威と遭遇していない。

 この町に来て早数日、パアルちゃんと気ままに楽しく過ごしている。

 おいしいご飯を食べて、たまに近隣の荒野や森を散歩して、危険なモンスターが現れれば討伐して報酬を貰う。


「――見付けたわよ」


 部屋の電気を消し、ベッドに入った矢先。

 宿の外から、鈴の音のような声が聞こえてきた。

 静寂に包まれた夜の町だからこそ聞き取れたんだろうけど、私とパアルちゃんは声が発されるよりも早く彼女の存在に気付いている。

 先日の暗黒龍より遥かに強大な魔力。さすがの私でも、只者ではないと瞬時に分かった。

 余計な被害を生まないよう、パアルちゃんと共にベッドを飛び出して声の主の元へと駆け出す。

 宿を出てすぐのところに、彼女――燃え盛るような赤い長髪をツインテールに結った、挑発的な表情の美少女が仁王立ちしていた。

 パアルちゃんよりは年上だけど、私と比べればまだ幼い。印象だけで言うと見た目の年齢は中学生ぐらい。


「フェニックス、なにをしに来たのです?」


 パアルちゃんはキョトンとした様子で、目の前の少女に問いかけた。

 二人は旧知の仲なのだろうか。


「決まってるじゃない。ナンバー2という肩書を名乗るのも今日まで。空席となった魔王の座に君臨するため、元魔王のあんたと、魔王の力を受け継いだその人間を潰しに来たのよ!」


 フェニックスちゃんは私たちを睨み付けながら、声高々に宣言する。

 魔王軍のナンバー2、道理で迫力が凄いわけだ。

 どう対応するべきか悩んでいるうちに、パアルちゃんが口を開いた。


「恥をかくだけだから、やめた方がいいのです」


「あはっ、強がっても無駄よ? いまのあんたは単に魔力が強いだけだし、そこの人間は魔王の力を完全には制御できていないはず。つまり、あたしが負ける道理なんてどこにもないってわけ」


 わざとらしく髪をかき上げ、こちらを見下した態度を取るフェニックスちゃん。

 表面上は明るい空気が流れているけど、なにやら物騒な展開になってきた。


「仕方ないのです。レーナ、こいつを軽く一捻りしてやるのです。完膚なきまでに叩きのめせば、二度と歯向かってこないのです」


「言ってくれるじゃない。どこからでもかかって来なさい。魔王の力を得たところで、所詮は人間。あたしの前ではただのザコなんだから」


 いつの間にか話の中心に据えられてしまっている。

 ただ、パアルちゃん同様、フェニックスちゃんも根っからの悪い子には見えない。

 どうにかして、彼女との戦いを避けられないだろうか。

 私はスリル溢れる冒険ではなく、のんびりまったりとした異世界生活を送りたい。

 一か八か、パアルちゃんのときと同じ方法を試してみよう。


「ふふっ、考えが甘いね。フェニックスちゃん、君は前提の段階で重大な過ちを犯しているよ」


 私は腰に手を当て、余裕たっぷりに告げた。

 通じるかは分からない――というより通じるのが奇跡みたいな作戦だけど、上手くいけば誰もケガをせずに事を収められる。


「重大な過ちって、どういう意味よ?」


 よし、とりあえず話に食い付いてくれた。


「私はもう完全に、魔王の力を制御できてる。私のことをただのザコって言ったよね? 実際は全盛期のパアルちゃんを相手にするのと同じなんだけど、それでも挑む?」


「なっ!? この短期間でそんな、有り得ないわ!」


「魔王の力の譲渡について知ってるってことは、私が異世界から来た人間だってことも知ってるでしょ? この世界の人間に不可能なことを、私はできるんだよ」


 我ながら恐ろしいほどにスラスラとセリフが出てくる。

 低レベルなハッタリだけど、さも事実であるかのように振る舞えるのは、取り柄として誇ってもいいんじゃないだろうか。


「ま、まさか、異世界の人間にそんな能力が……くっ、誤算だったわ!」


 やった、申し訳ないぐらいに引っかかってくれてる。

 ふと隣を見ると、パアルちゃんが羨望に似た眼差しを私に向けていた。ごめん、口から出まかせ言ってるだけだから、そんなキラキラした目で見ないで! 戦わずして圧倒してるように見えるかもしれないけど、単に適当なハッタリで騙してるだけだから!

 パアルちゃんの純粋さに対して強い罪悪感を抱きつつも、余裕たっぷりな態度は崩さない。


「どうしてもやるって言うなら、相応の覚悟が必要だよ。死ぬよりも苦しくてつらい生き地獄を味わうだけじゃ済まさない。泣き喚いても許さないし、抵抗をやめても徹底的に攻め続ける」


「ひぃぃぃっ! の、望むところよ、やや、やってやるわ。こ、怖くなんてないんだかりゃっ」


 私をビシッと指差すフェニックスちゃん。

 悲鳴は言わずもがな、脚はガクガクと震え、声は上擦り、眦に滲んだ涙はいまにも大粒の雫となって頬を伝いそうだ。

 これなら、あと一押しでいける。

 というより、そろそろケリをつけないと罪悪感に耐えられない。


「フェニックスちゃんには特別に選択肢をあげる。対等な友達として私たちと仲よくするか、この上なく残酷かつ凄惨な目に遭うか。好きな方を選んで」


 あえて突き放すような冷たい口調で、ピシャリと言い放つ。

 強がって後者を選べば本当に酷い目に遭う。そう思い込ませるために。


「た、対等な友達? 奴隷としてこき使うとか、毒見係とかじゃなくて?」


「もちろん。一緒においしい物を食べたり、いろんなところに行ったり。たまにはケンカするかもしれないけど、すぐに仲直りして楽しく過ごせる、そんな関係になりたい」


 これはハッタリではなく、心からの願いだ。

 パアルちゃんと同じように、フェニックスちゃんとも仲よくなりたい。


「し、仕方ないわね! そこまで言うなら、友達になってあげるわ! 本当は戦ってもいいんだけど、協力関係を結んだ方がなにかと有益だし! 本当の本当に、本当は戦ってもいいんだからね!」


 やたらと『本当』を強調してくるあたり、フェニックスちゃんは正真正銘の負けず嫌いなのだろう。


「うん、ありがとう。これからよろしくね」


 私が笑顔でそう言うと、フェニックスちゃんは照れ臭そうに笑い返してくれた。

 今後はフェニックスちゃんも行動を共にすることになり、宿に戻って一人分の連泊料金を支払う。

 部屋に移動し、ベッドに腰掛けて一息つく。

 予想外の出来事が起きたけど、平和に解決できてよかった。


「なによ、ベッドが二つしかないじゃない」


「もともとは二人用の部屋だからね」


「フェニックスは床で寝ればいいのです」


「はぁ? ふざけたこと言ってると燃やすわよ!」


「フェニックスちゃんがよければ、私と一緒に寝る?」


「ズルいのです! 我のベッドをフェニックスに譲るから、我がレーナと一緒のベッドで寝るのです!」


「いまさら遅いわよ! レーナと寝るのはあたしなんだから!」


「ふ、二人とも、もう夜遅いから少し声を抑えて」


「じゃあ、どっちと寝るか決めなさいよ」


「そうなのです。レーナが決めるのです」


「えっと……み、みんなで一緒に寝るのはどうかな?」


 私の提案を、二人は快く受け入れてくれた。

 決して広くはないベッドに川の字で寝転び、睡魔に負けるまで談笑を続ける。

 窮屈さが気にならないぐらい、幸せな気分で眠りに就けた。

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