3話 あっという間に前言撤回

 あてどなく荒野を歩きながらも、ほんの少しずつだけど情報を増やしていく。

 地面の見た目や感触は地球のそれとほとんど同じで、身近なところだと学校の校庭に限りなく近い。手のひらサイズの石が多く、やや歩きにくい。

 試しに石を殴ってみると、クッキーを割るように容易く砕ける。投げたり蹴ったりぶつけたりしてみたけど、石の強度が低いわけではなく、単に私の力が強くなっているようだ。

 爆風を受けても無傷、素手で石を砕き、数時間歩き続けても疲れない。

 ただ体が丈夫になったというより、身体機能すべてが飛躍的に向上していると考えて間違いないだろう。

 ファンタジーの象徴とも言える魔法に関しても調べたいけど、最弱である【ファイア】ですら小さな隕石が落ちたような威力だった。おいそれと試すわけにもいかない。


「――ん?」


 背後に気配を感じて立ち止まり、振り返る。

 すると、砂煙を立てながら凄まじい速度で近付いてくる物体を視界に捉えた。

 無限の魔力による恩恵を受ける以前の私だったら、もっと接近されるまで気付かなかっただろう。

 あっという間に距離を詰めてきたのは、見慣れた顔――と言えるほど長い間顔を合わせていたわけじゃないけど、この世界で唯一面識のある相手だった。


「うわぁああぁあぁあんっ! レーナ~~~~っ、ちょっと待つのです! 我も一緒に行くのですーーっ!」


 神々しくすらある白銀の長髪を振り乱し、涙と鼻水を垂らしながら駆け寄ってくる。

 目の前で急停止して勢い余って転びそうになるパアルちゃんを受け止め、乱れた髪を手櫛で整えてあげる。信じられないほどに指通りがよく、繊細にして滑らかな肌触り。


「二度と顔を見せないって言ってなかった?」


「前言撤回なのです!」


 パアルちゃんは両手で顔をゴシゴシと擦り、涙と鼻水を拭う。


「その辺で野垂れ死にすればいいって言ってたよね?」


「まだ生きてていいのです! 我が許してやるのです!」


 パアルちゃんは力強く言いながら、私の制服で手を拭く。この世界での一張羅なのに……。


「なにかあったの?」


「うっ、うぅっ、あったのです。ぐすっ、ひっぐ、うえぇ」


 気になって訊ねると、パアルちゃんの目から大粒の涙がこぼれる。ついでに鼻水も。

 私は中腰になって目線を合わせ、頭を優しく撫でた。魔王の力をもらったことを除けばロクな目に遭わされてないけど、こんな小さい子が泣いているのを放っておけない。


「なにがあったのか、聞いてもいい?」


「うぐっ、うぅ、いいのです。話すのです。貴様と別れた後、我は魔王城に戻ったのです」


 パアルちゃんが話しやすいよう、聞き手に徹して相槌を打つ。


「魔王の力を失ったのがバレて、みんなからバカにされたのです。話しかけても無視されるし、我に聞こえるように悪口を言われたのです。魔神の末裔なのに情けないとか、魔力だけ無尽蔵でも使い道がないと宝の持ち腐れだとか、いろいろ言われたのです」


 か、かわいそうすぎる。

 原因を辿れば私が元凶なわけだから、不可抗力とはいえ胸が痛む。


「それで、居場所がなくなったから城を出たのです。でも、みんな追いかけてくるどころか、気にも留めなくて……うっ、ひうっ、ずびっ」


「よしよし、つらかったね。大丈夫、私がそばにいるよ。お姉ちゃんって呼んでもいいよ」


 泣きじゃくるパアルちゃんを慰めるため、そっと抱きしめる。

 ついでに妹が欲しいというかねてより抱いていた願望を叶えようとするあたり、私もなかなかあくどい。


「うるさいのです! 元はと言えば貴様のせいなのです!」


「でも、私を召喚したのってパアルちゃんだよね?」


「なっ!? うっ、うぁ、ふぇぇ、あうっ」


 反射的に口を滑った事実という名の暴力が、パアルちゃんを襲う。

 しまったと後悔しても遅い。

 パアルちゃんは私の胸で大泣きし、制服に涙と鼻水を染み込ませる。

 私は余計なことを言ってしまわないように口をつぐみ、パアルちゃんが泣き止むまで優しく頭を撫でた。

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