異世界転移者を許すな
黒木耀介
最悪のページ~プロローグ
俺は誰かに自分を見てもらいたかった。
授業をさぼっても問題ないくらいには成績が良く、運動神経も悪くはない。
だがこの目つきと髪の毛の色で、みんな俺から離れていった。
俺は「危険人物」というレッテルを貼られてしまった。
俺には本気になれるものがなかった。
周りから浮いていく自分が何かしようなんておこがましい、と言い聞かせていた。
やったところで「お前なんかが」と言われる。そうに違いないと逃げていたのかもしれない。
もちろん学校でもプライベートでも、仲のいいやつは出来なかった。
だから誰かと協力したり、誰かのために頑張ったりとかは考えられなかった。
生きていく上では人付き合いや共同生活が必要らしい。
しかし危険人物である俺には、最初から生きる資格が無いようだ。
あり得ない話だが、そんな俺と仲良くなるやつがいるとすれば、俺と同じくらい自分のことしか考えてないやつだろう。
この三月の春休み直前、短縮授業とやらでペンとノートだけ入ったカバンを持って学校へ向かった。
いつものごとく直接学校には行かず、商店街をぶらつき授業をさぼってから行こうと思った。
「キャ!」
曲がり角から女の子が出てくるのに気づかず、勢いよく衝突した。
尻餅をつき、ぶつかった左肩と少し擦りむいた右手がじんと痛む。
「痛てぇ……なんなんだよ」
「いたた……あ!? すみません! お怪我はありませんか?」
慌てて立ち上がった彼女は、しゃがんで顔を近づけた。
眉を下げてこちらを覗く青い瞳は、俺の額を心配そうに見つめていた。
「別に、なんともねえよ」
俺は顔を背けてゆっくりと腰を上げる。
「そう、ですか」
見たこともない顔だ。しかもうちの高校の女子とは違う制服ようだ。
ショートボブの前髪が、ぽんとはたいたスカートのプリーツのようにまっすぐ垂れている。
背後と俺の様子を気にしているのか、顔はあまり動かさず目線だけキョロキョロと動かしている。
なんだ、と俺は頭の中で納得した。確証はないが似たような経験を思い出す。
「その……わたしは、これで」
ばつが悪そうにこの場を去ろうとする。その行動に確証を得たからなのか、気が付いたら言葉を発していた。
「お前」
彼女がおそるおそる振り返る。上ずった声で「えと、もしかして怒ってます?」と訊いてきた。
「逃げるなら、こっちだ」
きっとなにかから逃げているに違いない。この間、商店街で万引きがあったとかで、巡回していた警察は授業をさぼって歩いていた俺を疑った。
その時はどうせ話しても伝わらなさそうだと思って、いつもの隠れ場所に走って逃げた。
……逃げる途中で誰かにぶつかった気がするが、まあ気のせいだったかもしれない。
「えっと…………」
その言葉に目を丸くして、招き猫みたいな手のポーズをして固まっている彼女に背を向けて、路地裏を通って歩いていく。
左右を見渡し、どんどん歩き去ってしまう俺を見失わないようについてきた。
商店街を抜け、俺は普段と変わらない歩幅で進んでいく。
後ろからは、周りを気にしながらも俺を疑っている女の子がついてくる。
もし追手がいるなら、いつでも撒けるような隠れ場所の多い路地を選んでいけばいい。だが迫ってくる足音も気配もない……本当に追われているのか疑問が浮かぶ。
「ここだ」と告げて立ち止まる。
彼女は不思議そうに生い茂った緑を見ていた。
「あのここって…」
彼女は森の入り口にある古い鳥居を指さした。
「ああ、昔はここに神社があって、これはその名残らしい」
へえ、と小さくつぶやきを横目に見て、森の中へと進んでいく。
舗装はされていないが、元神社の通り道が残っている。
先へ進むと、開けた場所についた。西側にはちょうど木々がなく夕日と町が一望することができる。
「すごい……きれいです」
「ここは変な噂とかあって、俺くらいしか来ないからな」
「……あの、どうして」とこちらに顔を向ける。
どうして、確かに自分でもおかしいと思った。彼女はなにかから逃げてきたかもと思っただけで行動した。
自分がそうしたいと思って行動しただけなのに、偶然にも彼女を助けてしまった。
いや、最初から追われているなんて妄想で、実際はなにも起きていないのかもしれない。
もし違っていたらどうしていただろう。勘違いして恥ずかしいと思うんだろうか。
それとも何事もなかったと安堵するんだろうか。
「事情は知らない。俺がこの場所に来たついでにお前も辿り着いただけだ」
初めて誰かのためにした行動を、自分の行動が誰かのためになるかもと思ったことを、嬉しく思うんだろうか。
「……ふふ」
「何がおかしい」
「急に逃げるならこっちっていうから、怖いことされるかと思いましたよ」
「だが言う通りついて来てるじゃないか」
「それは、見た目ほど悪い人じゃないなって思ったからです」
俺はこの変わり者に興味が湧いていた。今まで会った人の中で、見た目以外で判断してくれるやつは他にいない。
……本当に、こんな珍しい日は二度と来ないかもしれない。
「俺は、
彼女に目を向けず、ぽろっと口走っていた。
彼女は笑いながら、
「わたしは──」
彼女が名前を告げた直後、風が強く吹き、なにかが横切っていった。
つむじ風か、にしてはあまりにも一瞬の出来事だった。
森がざわめき始め、夕日はだんだんと落ちていく。
隣で吹きあがる血しぶきが、この視界でなによりも赤く染まっていた。
「──っ!」
おい、どうしたんだよ。なんで、なんで、こんな。
そんな言葉さえも出ず、呼吸するのがやっとで口だけ動いている
たった一人、俺を見てくれた人。
ほんの一瞬だけ、あの孤独な世界から手を伸ばしてくれた人。
俺に希望を見せてくれた彼女は、彼女の首は地面に落ちた。
俺は、その隣で彼女が倒れるのを見ていただけだった。
こぼれ出る恐怖心と、湧き上がる絶望が、体を後ずさりさせる。
「なんだよ……あっけないな」
強い風が飛んできたほうから、若い男の声が聞こえる。
「せっかく異世界の力をふるおうと思ったのに。まあこれで目的は達成したし」
「お、お前は、なんなんだよっ……」
途切れる声がやっと紡がれる。俺は大事な希望を、目の前で奪われた。
ふつふつと芽生える怒りと悔しさが雑草をつかむ指に伝わる。
「なんなんだよ……か。そうだなぁ、しいて言うなら」
雑草がくしゃと音を立て、男はこちらに歩いてくる。
刃先を俺に突き立て、その顔は不敵な笑みを浮かべた。
「異世界勇者。僕は異世界から帰ってきた勇者さ」
異世界?何の話だ。薬でもやって幻覚を見ているのか、それとも自分をゲームの主人公と思っているやつなのか。
いずれにせよ、さっきの言葉でこいつが彼女を切ったのは間違いない。
「あーお前……あの学校のヤンキー君か」
こいつ、俺を知っている!? だが、こいつの顔を見たことがない。
「お前に恨みはないさ、けど調子乗ってるやつは痛めつけてやらないとね」
その言葉と同時に冷たく横に振り上げられた拳が俺を吹き飛ばした。
口の中が切れ、頭も回らない。かすれ出る声と滴る血だけが認識できた。
「もっと、この異世界転移者様のことをわからせてやる」
その言葉と激しい鈍痛とともに、俺の視界は真っ暗になった。
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