第6話 残る言葉

「いや、マジでダメだろ!」


 ガシッと後ろから俺の腕を掴んで、まるで亡霊でも見たような青白い顔で遊佐が訴えてきた。


「今、合コンとかまずいって……!」

「なんなんだよ? お前が合コンしたい、てうるさかったんだろ」

「そうなんだよ! だからこそ、罪悪感が……!」

「罪悪感……?」


 何に対してだ、と聞こうとしたとき、「あのう」と困惑したような絢瀬の声が聞こえた。


「何か揉めてるみたいなので。とりあえず、お二人で話し合って……決まったら、連絡ください」

「あ……悪い、絢瀬」

「いえいえ」と微笑む絢瀬の表情は、しかし、ひきつっていた。


 そりゃそうだよな。悪いことをした、と胸が痛んだ。こっちから(ほぼ遊佐だったけど)言い出しといて、揉めだすとか……ありねぇよな。


「早めに連絡する」


 遊佐の手を振りほどきながらそう言うと、ちょうど、辺りにチャイムが響きだし、「あ」と絢瀬は慌てたように顔を上げた。


「それじゃ、センパイ! 私、行きますね。連絡、待ってます」

「ああ。ごめんな、変な感じになって」


 言いながら、ちらりと責めるように遊佐に一瞥をくれた。相変わらず、苦渋に満ちた表情を浮かべているが……ほんと、なんなんだよ?


「気にしないでください! でも――個人的には、合コンできたら嬉しいです」


 嬉しい? 絢瀬が? 

 ぎょっとする俺に、絢瀬は何やら意味ありげに微笑んで、


「実は、ちょうど、笠原先輩を皆に会わせたいなー、て思ってたんで」

「俺を……?」

「小学校のときのフィギュアクラブで一緒だった子達なんです。ヴァルキリーの笠原くんに会った、てLIMEで伝えたら、会いたい、て言ってたんで。きっと、皆も喜びますよ」


 小学校のときのフィギュアクラブ――? それって……。

 その瞬間、ずんと胸に鉛でも打ち込まれたような息苦しさに襲われた。

 ハッとしたときには、絢瀬の艶やかな黒髪がふわりと波打ち、横を通り過ぎていくのが視界の片隅に見えた。

 とっさに振り返り、「絢瀬」と呼び止めようとしたとき、


「おい、笠原!」と遊佐の鋭い声が飛んできた。「ちょっとはっきりさせとこうぜ。お前、香月ちゃんとこれからどうするつもりで――」

「悪い、遊佐。教室で聞くわ」


 遊佐の言葉をばっさり切って、俺は駆け出していた。


「はあ? いや……今、聞け!」


 響き渡った遊佐の声も無視して、絢瀬の後を追い、廊下の角を折れる。

 こんなとき、羽が生えているかのように駆けていく絢瀬の軽い身のこなしが憎らしい。ちょっとスタートダッシュが遅れたくらいだったのに、その背中ははるか先にあって、


「絢瀬、待て!」


 西校舎と東校舎を繋ぐ一直線の廊下。その先を曲がれば昇降口が見える、というところで、俺は大声あげて呼び止めた。

 わ、と驚いたように飛び跳ねると、「センパイ!?」と絢瀬は振り返った。


「廊下、思いっきり走りすぎだろ」


 俺もだけど……と思いつつ、絢瀬の元へ駆け寄って、俺は息を整える。


「どうしたんですか、センパイ?」


 不思議そうに首を傾げる絢瀬は、いたって普段通り。俺の取り越し苦労なのかもしれない。うざいとか思われるかもしれない。でも……気になってしまったら、いてもたってもいられなかった。

 さっき……小学校のフィギュアクラブ、と綾瀬が口にした瞬間、脳裏をよぎった。クラブでも『可愛いだけ』とか『演技は大したことないのに』とか陰で言われるようになって、自信、失くしてたんです――と、そう語った絢瀬の声が。

 すうっと息を吸い、俺はまっすぐに絢瀬を見据えた。訊くのも傷を抉るようで胸が痛いが……。


「大丈夫なのか? 小学校んときのフィギュアの奴と会って……。いろいろ、言われてたんだろ」


 躊躇いながらもそう訊ねると、絢瀬はしばらくぽかんとして、「え!?」と廊下に響き渡るような声を上げた。


「ウソ……それ、気にして追いかけてきてくれたんですか? 心配してくれたんですか? てか、覚えててくれたんですか!?」

「そりゃ……まあ」


 衝撃的だったもんな。あの当時、『妖精』がそんな悩みを抱えてたなんて全く知らなかったし。リンクの上で眩いほどの笑みを浮かべて舞う『妖精』の姿しか、俺は見ていなかったから……。


「わあ」と絢瀬はみるみるうちに顔を赤らめ、珍しいものでも見るように俺をまじまじと見上げてきた。「すごい……ですね。小学校の時の話なのに……そんなに気にしてくれるなんて」

「いや、だって……」急に恥ずかしくなってきて、俺は頭を掻いてそっぽを向いた。「残るだろ。そういう言葉って……」


 俺もそうだったし――なんて、を目の前にしては言えねぇけど。

 どんな顔をしているんだか、絢瀬は黙り込み、ややあってから「ふふ」と笑う声が聞こえてきた。そろりと目だけで様子を伺うと、


「センパイ、繊細なんですね」


 口許を押さえながら、絢瀬はクスクスと笑っていた。

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