第21話 理想の親友
遊佐に引きづられるようにして来た道を、一人で黙々と戻った。
男だろうが女だろうが、誰かと視線が交わることがひどく億劫で、俺は俯いて歩いていた。心なしか、周りの喧騒もまるで水の中にでもいるようにくぐもって聞こえる。そういえば、昼も食べ損ねて、すっかり脳も燃料切れだ。何も考えることもできず、俺はただ無心で歩いていた。
そうして駅の構内にたどり着き、改札を抜けたところだった。ホームを確認しようと発車表を探して、ふいに顔を上げ――、
「あ……」
と、俺は惚けた声を漏らしていた。
目の前にあった柱にポスターが巻かれていた。宇宙の背景をバッグに、青い肌の宇宙人に、イケメンやら美女やらがずらっと並ぶ、洋画のポスターだった。
「もう……公開されてたのか」
ポスターの下に書かれた日付をちらりと見て、ぼんやりとひとりごちていた。
宇宙で正義と悪がぶつかりあう、スペースオペラの金字塔『銀河大戦争』シリーズの新作。宇宙を舞台に、血湧き肉躍るような……そんな男の趣味とロマンが詰まったような映画だ。オリンピックみたいに間を開けて新作をぽんぽんと出してきて、そのたびに……カヅキと観に行っていた。
当然、これもカヅキと一緒に観に行くものだと思っていた。楽しみだな、て一緒にスマホで予告を見ながら盛り上がったのが、もうずっと昔に思える。
改札を抜けてすぐのところで棒立ちしている俺は、明らかに邪魔になっている。それは分かっていても……ポスターの前から動けなかった。
ぽっかりと胸に大きな風穴を開けられてしまったような、そんな虚しさに飲み込まれそうだった。
カヅキが男か女か……そんなことは、もはや、どうでもいいような気がしていた。そんなことより――何が本当で、何が嘘だったのか、それが分からないことが恐ろしかった。俺のために男を演じていたというカヅキ。どこまで演じていたのか――どこまで本当で、どこまで嘘だったのか――その境が分からない。それが拭い去れない不信感となって、どす黒い靄のように心の底に溜まっていくのを感じていた。
親友だと思ってた。好みも合って、笑いのツボも合って、俺の言葉にカヅキはいつだって『そうだね』て同意してくれて……だから、一緒にいて楽だった。でも、もし――。もし、それも全部、カヅキが演じていたのだとしたら……? カヅキが俺のために『理想の親友』を演じていただけだったとしたら……?
俺がずっと親友だと思っていた『カヅキ』は、なんだったんだ? その存在自体、嘘だった、てことになるのか?
ぐっと胃が持ち上げられるような不快感を覚えながら、俺は奥歯を噛みしめ、ポスターを睨みつけた。
今じゃ、本当にカヅキがこの映画を好きなのかさえ、俺には分からない――それがとてつもない喪失感となって襲いかかってきていた。
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