10駅目 新宿

 靴擦れが酷く痛む。慣れたヒールを履いたつもりだったが、傷はジクジクと小指の存在を思い出させる。今日くらい何事もなく終わりたかったのについていない。


 ゴールデン街の入口にあるハコで私は踊る。見慣れた中年、好奇心だけで入ってきた学生、場違いなカップル、今日も沢山の客で席が埋まる。

 私はステージに飛び出し、文字通り脚光を浴びた。アップテンポな曲に合わせあちこちと動き回る。曲は変わり、ゆったりとした雰囲気の中、肩紐を降ろし、くびれに沿って焦らしながらワンピースを脱ぐ。全てを脱ぎ捨て、あらゆるポーズをとると、その度に歓声があがる。


 大昔巫女は裸で踊ったと言われている。それが事実であれば、現在私がやっていることは神聖な事か。そんなことをぼんやり思いながら今日も裸を魅せる。


 早く辞めたいと思いながら、もう40歳を過ぎた。1人息子は独立し家を出た。脱いで稼いだ金で育てたことを理解出来る年齢になる頃には、私の事を酷く嫌っていた。


 私は高校を卒業し、両親の反対を押し切り上京した。美容師の専門学校に通っていたが、新宿のバーでナンパしてきた男との間に子供が出来て辞めた。男は妊娠したことを知るとどこかに消え、私は歌舞伎町で働くことになる。

 稼げる仕事といえば風俗だが、25も過ぎればお役御免とばかりに指名が入らなくなる。そこで、私はストリッパーとして働くことにした。


 ダンスなんてやったことはなかったが、息子を育てるため一生懸命練習し、一時期はトップダンサーにまで登りつめることが出来た。しかし息子を育て切った今、私の目的は果たされたのだ。今日でこのステージを降りる。


 傍らでリボンを飛ばし、タンバリンでリズムをとってくれる常連のお陰でステージはおおいに盛り上がる。


 最後のステージを降りると花束を持った踊り子と客が出迎えてくれた。思わず泣きそうになるが、ぐっと堪えて一人一人に感謝を伝える。遂に最後の客になる。


「母さん、ありがとな。お疲れ様。」


 ぶっきらぼうな声が聞こえ、花束越しに顔を覗く。息子がステージを見にきてくれていたのだ。堪えてた涙がぽろぽろと沢山の思い出と共に溢れる。


 ストリッパーとしてお金を貰い息子を育てたことを誇りに思う。息子には、沢山嫌な思いもさせただろう。でも、ここまでやり通すことが出来た。やり残すことは何も無い。


 辞めたいと何度も思ったけれども結局はここが好きで堪らなかったのだろう。


 タバコ臭い客席、狭いステージ、プレゼントで溢れかえる楽屋、眩いライト、薄い衣装、応援してくれたファン…


 私を受けいれ踊らせてくれた、古いハコ。

 全てを愛していた。


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