第11話 風車
楓は刀を抜いた。
何処からともなく、楓の腰に現れたそれは間違いなく刀だった。
蜃気楼のように揺らめいて、楓の手に握られているそれは、透明だが実体化している。
ごくりと息を飲む影灯の動揺を掻き消すように、楓はその刀を一閃する。
すると、何処からともなく風が暴風となって、影灯を襲った。
高校生の平均体重を上回る影灯を吹き飛ばすかの如き強い風だった。
だが、それも一瞬。
風はすぐに止んだ。
「今、お前が体験したのは、僕の
言葉にならない、この感じ。
何か圧倒的に違うモノを見せつけられた。
「とりあえず、影灯の幻従も見せてもらおうか。一つ手解きをしてやる」
その瞬間、楓の周囲が揺らいだ。
再び、暴風の斬撃が飛んで来ると思いきや、それは楓の隣で形を成した。
顔の左半分を髑髏の面で隠し、無精髭と一本角を生やした緑色の鬼神。
その背に背負う風袋、隆々とした筋肉。
数々の相違点こそあれど、間違いないこの幻従は国宝の屏風に描かれた風神だ。
影灯がその伝説を目の当たりにしていると、
「何を呆けている。怪我をさせぬように手加減はするが、痛め付けはするぞ」
楓が、風神に合図をするようにこちらに向かって手を翳すと、影灯は風神にいつの間にか間合いを詰められていた。
「吹き飛べ」
「ッ!?来いナラク!!」
風神が腕を振り回すすんでのところでナラクが現れ、風神を止めた。
「ほう、それがお前の幻従か。とはいえ、これでお互い“
次の瞬間、風神はナラクの前から風となって姿を消し、再び楓の前に集まりだした。
楓は虚空に浮かび上がった、風の刀を掴みとる。
「これが、幻従の使い方その2だ。“
そう言って、楓は透明な刀を振り抜いた。
途端に、周囲の風が一直線の嵐となって影灯に襲来した。
しかし、影灯もナラクの腕を盾に変形させ、その風を凌いだ。
「こんな風に。これが風神の武装化『
楓は更に、風刃を振り回す。
しかし、その動作は洗練されていて、的確にナラクの穴を狙っている。
漏れた風から影灯は逃げる。
吹き飛ばされるほど強い風は蛇のようにうねる。
(楓先輩の言うことがナラクにも当てはまるとしたら・・・?でも、生憎今すぐに再現するほど器用じゃない。何か別の方法があるはずだ。考えろ、風に対抗するには・・・)
影灯はナラクにその盾を変形させた。
盾は扇の形を成していく。
やがて、大きな団扇となったそれをナラクが打ち下ろすと、風と風はぶつかり、相殺された。
影灯と楓は互いに巻き起こった暴風に顔を覆う。
しかし、楓はナラクの大振りの隙を見逃さない。
すぐさま、追撃をしていく。
ナラクはそれを止めることが出来ない。
影灯の身体は宙を舞い、地面に叩きつけられた。
「ぐはっ!?」
「どうやら勝負ありだな。まぁ、昨日から幻従を使い始めたにしては及第点だろう」
「・・・いたた、あっ、その事なんですけど。俺、実は以前にもナラクを使ったことがあるような気がするんです、その・・・、思い出せないんですが・・・」
「ふん、簡単な話だ。おそらく、その欠けている記憶自体が
そう言って、楓は風刃を解いた。
風は空へと帰っていった。
「まぁ、お前もナラクを使いこなしてみせろ」
「・・・はい!」
そう言って、楓は去っていった。
しかし、影灯は全身を屋上の床に預け、しばらく空を眺めていた。
群青色の青い空を。
そのうち、華恋が待っていることに気付き、起き上がってすぐに去っていくのだが、この時影灯は、ナラクの武装化について考えていた・・・。
******
その時、華恋はお腹を押さえて座り込んでいた。
手には、左側の欠けた三日月が刻印された一冊の分厚い本。
どういうわけかわからないが、ルナはこの本から現れ、この本は華恋が読みたいと思う時にだけ何処からともなく現れるようになったのだ。
「“月の書”・・・ルナが
月の書のページは全て日本語で書かれていた。
昨日ルナが現れたり、魔法を使った時に何枚か落丁したように見えたのだが、それにしてはその抜けた部分を発見できていなかった。
おまけに、魔導書というからには、魔法の使い方なり魔法の呪文なりが書かれていても良い気がするのだが、よく分からない物語がただただ綴られているだけである。
しかも日本語で。
よく見ると、所々で日記のようになっていて、月の魔法に関連した体験が綴られていた。
ご丁寧な日付には、“平成31年 9月 16日”と書いてある。
何故、楽園で年号が利用されているのか。
読むほど謎は深まるばかりである。
最初から捲ると、
序文
この書を記すにあたり、全ての魔導書の中で“月の書”の役割というのは全てを繋ぐことにある。
この書がもう一人の私の手に渡ったのならば、あなたにはやらなければならないことがある。
楽園を支配する全ての文明王を越え、楽園の果実による地球の滅亡阻止を。
───星の巫女がここに記す。
更にページを捲ると、
ある日、ルナは林檎の樹に手を伸ばした。
しかし、まだまだ子供のルナの身長では林檎に手が届くはずもなく、雲を掴むのも同義であった。
ルナはどうにかしてあの林檎を食べたいと思った。
しかし、月の魔法であの林檎を重くすれば、落ちてきた時に受け止められないかもしれない。
そのままぐしゃりと潰れてしまうかもしれない。
そこでルナは、その林檎がなっている枝をねじ切ることにした。
ルナは、魔法を唱える。
自らのイメージで世界を塗り替える為に。
「─重力よ、廻れ、廻れ、廻れ─」
たちまち枝はねじれていった。
そして遂にバキリと折れた枝から林檎の実が落ちてきて、ルナは嬉しそうにそれを頬張った。
と、綴られていた。
まるでこの前の手錠で聞いたような台詞の書かれた話である。
月の書とは、魔導書であるとルナは言った。
そして、これを使えば契約者である私にも魔法が使えるのだという。
全く、授業で習った人智を越えた力である魔法にしては随分と簡易的だと華恋は思った。
そして、この魔法を使っていずれ戦わなければならない。
そう思ってはいるのだが、華恋には今一つ実感が湧かない。
(試しに一回だけ、使ってみようかな)
と思ったが、すぐに本を閉じた。
こんなところで使ったら誰かが見ているかもしれない。
しかし、実戦でいきなりというのも間抜けな話である。
(近いうちに練習しておく必要があるな)
そう考えて、華恋は月の書を消した。
「それにしても、兄さん遅いなぁ・・・」
華恋のお腹の虫は最早収まりそうになかった。
ちょうどその時だった。
兄が慌てて走りよってきたのは。
「すまん、華恋!緊急事態だ!」
「っ!何?」
「わからない、ただ風紀員の腕章をした人間が刀を持って暴れていると通報を受けた。楓さんと俺は現場に向かう。華恋はここで待っててくれ」
「うん、気をつけて!」
すると、影灯は全速力で走っていった。
そして、無事を祈り、華恋はそれを見送った。
しかし、これが任務で仕方のないことだとは分かっているが、影灯とご飯が食べれないことを華恋は心底悔しがっていた。
「はぁ、しょうがない。一人で食べようかな」
******
「エアライドシステム起動、風力充填、風神制御完了。風力自動二輪“
『出動を承認します。第3レベルの武装及び魔術の使用を許可。任務要項を確認します。音無・光河班は風車にて現地へ直行、これをもって現場の沈静化にあたってください』
「了解、風車出動」
風力自動二輪“風車”が有するエアライドシステムは、楓の風神の風力制御を利用した、燃料不使用、風の力だけを利用したホバーバイクであり、水上も地上も空中も思いのままに進むことができる。
そして、風車は風神ターボを回し、後方に激しい風を噴出して飛び出した。
魔術都市中に張り巡らされた交通網には、風紀委員や警察専用の通路があり、緊急の際にはこれを利用する。
誰もいない、整備された道を音を置き去りに風車は駆け抜けていく。
風車の力を制御するのは楓だが、操縦するのはAIであり、影灯は楕円のフォルムを描く風車の後方に乗り込み到着前に任務の情報を確認している。
風車が受ける風の空気抵抗を最低限にするための楕円形なのだが、楓の風神がそれさえも操っているので、空気抵抗は全く発生しない。
さらに常時ホバリングしている為、地面との摩擦もない。
故に、MAXスピードのリニアモーターカーさえ風車には追い付けない。
「影灯、簡単に現在の状況を説明してくれ」
「えーと、現在第3学区エリア練馬にて風紀委員の腕章を着けた生徒が暴れているそうです。装備は支給品の妖刀が確認されています」
この都市は復興の際に、元々24あった区が4つの学区に分割された。
第1学区は、核区に新宿、周りに渋谷、文京、千代田、台東、中央、港。
第2学区は、核区に世田谷、周りに目黒、品川、大板橋、田。
第3学区は、核区に中野、周りに杉並、練馬、豊島、北。
第4学区は、核区に荒川、足立、墨田、葛飾、江戸川、江東。
それぞれの核区に一つずつの都立魔術大学とそれに付属する小中一貫の学園と高校が存在し、それをサポートする為の施設が建ち並ぶ周りの区がある。
「分かった。影灯、くれぐれもお前の刀は使うな」
「え、なんでですか?」
「・・・特に理由はない。が、嫌な予感がする」
楓がそう言うと、風車は現場にたどり着いた。
嫌な予感は的中することになるのだが、この時点では、まだ誰もこの事件の真相に気付いていなかった・・・。
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