039.怒鳴り込み
この世界には、インターネットどころかテレビもラジオもない。歌やお芝居や人形劇を、劇場に見に行ったり向こうから施設に来てもらって見たりするのが最大の娯楽、と言ってもいいだろう。後、読書とか。
そういう趣味でーす、と胸張って言えるような娯楽以外に、あんまりお勧めできない娯楽だってある。ゴシップ、噂話、そういった類のやつだな。これはほんと、一瞬にして広まるもんだ。
「スーロード家が、クライズ家の嫡男を奪い取ろうとしてるんだって!」
「奪いって……」
まあそういうわけで、フィーデルがクラスの皆の前でぶっちゃけたカロンド本家やスーロードの企みは、ほんの数日で王都の外にまで溢れた、らしい。クラスメートの皆が、実家やら親戚やらにバリバリ手紙書いて送りつけた結果だとか。
もちろん、王都にある別邸の使用人とかにもべらべら話すから、そこから伝言ゲームで王都の中には一日くらいで広まったはずだ。
「スーロードの一人娘、まだこんなちっちゃいだろ? クライズの跡取りと、めちゃくちゃ年齢離れてるじゃないか」
「それに、ダニエル殿は既にグラントールのご令嬢と婚約済みですよね」
「クライズも大変だなあ。ただでさえ、シャナキュラスが横槍入れてきてるってのに」
「そこに無理やり割り込んでくるスーロードも、ある意味すごいですよね」
「カロンドの次男坊、巻き込まれてるんだってな。兄貴があれなのに、大変だよほんと」
そんな感じで王都や国内を賑わせた噂の収拾に、さすがというかスーロードの当主が乗り出してきた。当主は女性で、婿取って家を継いでいるそうな。……そこんちの一人娘の相手に、いくら何でも侯爵家の嫡男は無理だっつーの。跡継ぎいないだろうが。
「これは、どういうことですの?」
乗り出してきたと言うか、噂の発信源とも言える学園に馬車で突入してきたというか。彼女も元卒業生なんで、構内は大体分かっているらしい。確かに、あんまり改築とか増築とかしてないもんな。
一応先触れは出してきたらしいので、こっちも学園専属の警備兵とか職員とかでお出迎えしたわけなんだけどさ。あ、俺たち学生は寮から出るなって言われたので、窓から見物中である。
カーテンの隙間から覗いてるんだけど、なんだろうなあのめっちゃ濃い金髪にド派手なショッキングピンクのドレス。あんな色の布、というか染料、この世界にあるんだと思ったね。
「どういうこと、とはこちらのセリフですわ。スーロード伯爵」
なお、そのど金髪にどピンクとまっすぐ向かい合っているのは、長くみつあみにされた艷やかな銀髪と深い紫色のシックなドレスの老婆……えーと、まあ六十代だからいいよな。この国って成人は十八だけど、そこから二十歳になるころにはたいてい結婚して子供いたりするから。
それはそれとして、この老婆……我が学園の園長先生である。今の国王陛下とか、兄上の近衛兵の同僚である王弟殿下のご子息とかも学んだことがあるひとで、学園内のことに関しては王族でもかなわないとか何とか。
「我が学園に、先触れがあったとはいえいきなり馬車で乗り込んできてはしたないお声を張り上げて。我が学園の卒業生にこのような方がおられるなんて、わたくしは恥ずかしいですわねえ」
「恥ずかしいのはわたしの方ですわ。わたしの家の醜聞を振りまいた元凶は、この学園の中にいると言うではありませんか!」
悠然とした態度の園長先生に対し、スーロード伯爵……うんまあ当主だからその呼び方でもいいのか。伯爵夫人って呼ぶかなって思ったんだけど。ともかく、ド派手なおばさんはあくまでも上から目線で……あ、こっち見た。いや、ぐるりと見回しただけだけど。
「我がスーロード家に、泥を塗りたい家はどこなのかしら」
「そこはご安心なさいまし。たった今、ご自身で泥を塗りたくっておられる状況ですから」
「なんですってえ!」
園長先生、そこで煽ってどうするんだよと思いつつ、まあ同感。何やってんだろうね、あのおばさん。
「ナルハ様。お茶が入りました」
「あら、ありがとう」
既に見物モードなので、アリッサがお茶とお茶菓子持ってきてくれたよ。そして、彼女もこっそり現状を覗き見る。
「園長先生が優勢ですね」
「スーロード伯爵の方は、怒りに任せて喚いておられるだけだもの。せめて、室内に入ってからになさればよろしいのにね」
「そうですねえ。そこまで頭が回らないレベルでお怒りなのは、まあ分かりますが」
アリッサが切り分けてくれたショートケーキは、乗ってるフルーツがイチゴっぽいやつで甘さすっきり、ちょっと酸味って感じ。結構美味しいんだよな。
「噂話というものは、尾ひれが付きますから」
「ああ、そういうものですわね。……どこまで広がったお話になってるのかしら?」
「スーロードのご当主がダニエル様始め、めぼしい殿方を狙っておられるとか何とか」
「っ」
一人娘の旦那に、じゃなくて本人が狙ってる、しかも複数って話になってるのかー。そりゃ怒るわ。
しかしあれ、どうするんだろうね?
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