半鬼の少女オメガと学校の怪談

御堂智貴

第1話 あと4時間32分…

――チクタク、チクタク――…

 時計は夜の7時をとうに過ぎていた。

 クラブ活動も終わり、生徒達は、もう誰もいない。

 でも僕は帰れない。明日、やり直しの研究授業があるからだ。

 今、僕は、すごく追い詰められている。僕の教育学部では教育実習は必修単位なんだ。

 なのに、

「もし、また、同じ失敗をしたらは教育実習の単位は認めない」

 と指導教官の笠間先生に言われた…だから、もし、明日、また研究授業に失敗して教育実習の単位がもらえなければ、卒業できず留年することになる…たぶん本気だろう。だって、笠間先生は僕を目の敵にしているから…

 なぜ、目の敵にされているのか…それは、教育実習の初日の夜にあった教育実習決起会の飲み会で、ちょっとアルコールが入った僕が調子に乗って、他の教育実習生に話した内容が原因だった…


――回想――

 ビールをついで回る実習生が僕に聞いた。

「君は教員採用試験、地元に帰って受験するって聞いてるけど…本当にそうするの? 」

「分からない。教育実習はしてるけど、実は教師になるかどうかは正直、決めていないんだ」

「じゃあ、企業に就職? 」

「いいや、本当言うと、僕は映画に関わる仕事がしたいんだ。できれば映画監督になって自分の映画を作りたいんだ」

「映画? 」

「そう。映画が作りたいから東京に来たんだ。でも両親は東京行きに猛反対さ」

「そうだろうな」

「映画のような先の分からない仕事より、公務員のような安定した仕事を選びなさいって言われたよ」

「でも、東京にいるって事は、親は許してくれたんだろう」

「条件付きで…ね」

「条件?」

「映画がだめなら、教員免許を取って地元で教師として働くっていうのが条件さ」

「なるほど」

「だから、W大学は教育学部以外の受験はだめだった。だから一発勝負で合格できたときは、本当にうれしかったよ。そして、入学と同時に映画サークルに入って、映像作りを勉強した。おかげで四回生になった今年、やっと念願の監督として卒業制作の映画のメガホンを握るんだよ」

「へえ、すごいじゃないか」

「そして、撮った映画は自主制作映画コンクールに応募して、自分の力を試してみたいんだ」

「コンクールっていつ? 」

「秋だよ」

「間に合うの? 」

「だから、この教育実習が終われば、すぐに撮影を始められるよう、教育実習中も色々準備をしているんだ…」


 

 僕の決起会での話しが指導教官の笠間先生の耳に入って、

「教師になるかどうか分からないヤツのために時間を割いて、どうして教育実習しなければならないんだ」

 と、教育実習期間中、ずっと目の敵にされている。今、僕にできることは誰もいない教室で、ひたすらチョークで板書を書き、生徒のいない机に向かって研究授業の練習をすることだけだった…。


「書けた… 」

 僕は、生物、遺伝の研究授業の板書を黒板全面に書いた。

「さあ、やるか。えーと」

 僕は黒板を背にして机に向かって話し始めた。

「今日は遺伝について、お話ししたいと思います。2個体の間で受粉や受精を行うことを交配といいます。交配によって生じる第一代目の子を雑種一代・F1といい、このF1は遺伝子をヘテロにもち均一性を示します。そして、F1が両親に比べて体格や能力で勝るとき、それを雑種強勢といいます。反対に両親より劣るときは雑種弱勢といって…ああ、だめだ! 抽象的な説明が長すぎる。これじゃ、笠間先生に批判され、単位はもらえない…」

 僕は、もう一度、話す内容を考え直そうと、教卓に置いてある教科書を見ようとした時、

――ドカドカ、ドカドカ――

 と、人が廊下を走る足音がした。

「やばい! 」

 僕は、急いで電気を消した。放課後遅くまで残ることは笠間先生の許可をもらっていない。誰かに見つかって、笠間先生に知れたら、また何を言われるか分かったもんじゃない。

 僕は、息を潜めてドアを押さえていた。足音は廊下の階段付近で止まった。

「博士! 半鬼の少女が学校にいるなんて、何かの間違いじゃないんですか」

「いいえ! 確かに学校に入るのを見たという目撃者がいるんです」

「目撃者が…」

「それより教頭先生、学校の校舎は、ここだけですか? 」

「いいえ、まだ西館と南館があります」

「では、二手に分かれましょう。伊達君と美佐江は西館に行ってくれ」

「貴方は? 」

「私は教頭先生と南館を調べてみる。とにかく、オメガが片子かたこの鬼に変化へんげしないうちに捕まえなければ、大変なことになる。みんな、急ぐんだ」

「はい」

「伊達君、妻を頼むよ」

「分かりました」

「貴方も、気をつけてね」

「ああ、美佐江も気をつけるんだぞ」

「ええ」

「じゃ、教頭先生、行きましょう」

「こっちです」

 足音は、二手に分かれたようだ。

 運良く、気づかれなかったようだ。しかし、あんなに慌てて、何があったのだろう?  たしか、半鬼の少女が学校にいるとか、片子の鬼とか言っていたけど…

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