第198話 脚本通りに進めましょうか
「遅いぞ」
むすっとした顔でイヴリースが文句を言うが、そもそも休暇を与えたのは当人である。咎められる所以はないのだが、メフィストは慣れた様子で一礼した。
「思い通りの結果が得られました。その功績をもってご容赦いただきたく」
あっさりと魔王の怒りを躱す。平然とするメフィストはぐるりと指先で円を描くと、指先を飲み込むような仕草をした。口元に笑みを浮かべる。
「メフィスト、今の何?」
興味津々なのは全員同じだ。しかしアゼリア以外は何も言わずに口を噤んでいた。イヴリースはすでに知っているため、特に気にした様子はない。
魔族以外はほとんど魔法を使用しない。獣人の魔法は己の姿を誤魔化す幻影や、身体強化系に特化していた。火や水を自由に扱うのは魔力を外へ放出する能力が必要なのだ。獣人が使う魔力は体内で変換して消費することに向いていた。せいぜい剣や槍に魔力を流す程度で、触れていない対象を攻撃する魔術は苦手だ。
「この場の記憶を吸収しました。数十分ほど前からの出来事、といえば分かりやすいでしょうか」
「そんな魔法があるの?」
アゼリアは目を丸くして驚いた。というのも、人間が使う魔力は多少外へ作用するものの、魔力量自体が圧倒的に足りないため、時間や記憶に干渉する魔法は使えないのだ。
「すごいわ」
「オレも出来るぞ」
アゼリアの誉め言葉に即座に反応し、なぜか対抗する態度を見せる魔王。場が静まり返る中、この会話はよく響いた。獣人の貴族達は複雑な心境で「絶対にアゼリア姫のお目に留まらぬよう気を付けなければ」と決意する。うっかり魔王に消し炭にされたくない。気に入られたら骨も残らない気がした。
「……一番いいところで邪魔するのね」
眉を寄せたのはブリュンヒルデだった。これから自白した犯人を言葉責めして、さらなる失言を引き出すつもりだったのに……そんな黒い本音をぼそっと吐き出した王妃に、魔国の宰相は笑顔で謝罪した。
「お邪魔をする気はございません。私にお任せいただいてよろしいですか?」
「嫌よ、私がやりたいわ」
アゼリアが立候補するが、その手をベルンハルトがそっと降ろさせた。
「アゼリア、他国の事情だよ」
「でもお母様の実家じゃない」
「アゼリアの言う通りだ」
止めるベルンハルトに反論するアゼリア、婚約者の肩を持つ魔王――だが、この醜い争いは、元王女殿下の一言で終わった。
「アゼリア、ここはブリュンヒルデ王妃殿下の舞台よ」
舞台? 部隊の間違いでは? そんな獣人貴族の視線をさらりと受け流し、カサンドラはにっこり笑った。反論を許さない強者の無言の圧力に、貴族達は余計な口を噤む。下手な反論は命取りだ。
「では始めましょうか」
王妃ブリュンヒルデが数歩前に出る。それは外交面では常に国王ノアールを立ててきた王妃の、久しぶりの舞台だった。
「先ほど、ゾンマーフェルト侯爵がおっしゃられた内容に、奇妙な点がございましたのよ」
微笑んだ王妃は口元の扇をたたみ、さらに壇上から降りて近づいた。魔王の作った檻に囚われた獲物をじっくり眺め、ブリュンヒルデが牙を剥いた。
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