第189話 芝居の役者は牢で寛ぐ

 集まった王族がぞろぞろと牢の檻から出る。検分を終えた死体……のフリをしたゴエティアの悪魔が転がる牢内を振り返った。


「証人を殺されたのは痛かったが……すでに聴取済みだ」


 問題はないと言い切ったノアールに、ベルンハルトが不安そうに眉を寄せる。


「ですが……叔父上、反論されたら厳しいですよ」


「押し切れ」


 イヴリースは強引な手法を主張する。王族同士の話に口を挟まない女性達は、全員口元をハンカチで押さえていた。一応気分が悪くなったフリである。イヴリースはアゼリアを抱き上げ、ベルンハルトは婚約者の肩を抱いて引き寄せた。ブリュンヒルデは触れた夫の手を叩いて、気丈にも階段へ向かう。


 王族達の様子を遠目に覗く者らへ間違った情報を振りまきながら、王宮内へ戻った。各貴族が放った間者は、死体をじっくり眺めた後に証拠を残さないよう姿を消す。その様子がすべて録画されていると知らぬままに。


 結界を張った牢内の様子は曖昧な記憶しかない。その違和感に気づかぬ者達を見送り、ゼパルは身を起こした。結界を張って欠伸をする。それから貰った褒美の箱を開いた。たくさんの石が入っているが、どれも輝きは弱い。


 魔法陣の核として使うには魔力が弱く、ただの石と呼ぶのは無理がある。曖昧な存在を大切そうに膝の上に広げた。微量の魔力は、ゼパルにとって吸収する価値はない。ゼパルは手首に嵌めたブレスレットをなぞり、保護する魔獣を呼び寄せた。


 与えらえた屋敷で飼っているペットだ。トカゲに似た生き物は、ちらちらと赤い舌を見せてゼパルの手を舐める。知能がある魔獣の一種だが、ドラゴンの眷族ながら弱すぎて認識されていなかった。知能も人間の幼児程度で、呼ばれた名前や簡単な指示を理解する程度だ。


 拾ってしまえば可愛くて、膝の上に乗せた大トカゲを抱きしめた。ペット自身の魔力が弱いため、強い魔石を食べさせると乗っ取られてしまう。砕いて小さくして、少しずつ与える必要があった。そこで使い物にならない弱い魔石を譲ってもらう方法を思いついたのだ。


 相談したところ、魔王は笑うことなくただ頷いた。否定せず肯定してもらえたことで、ゼパルは多少なり自信を持てた。仲のいい同僚にも話して、弱い魔石を捨てずに分けてもらう。仲間や魔王が捨てずに残してくれた魔石を、ひとつトカゲの口に入れる。


 味わうように転がして飲み込んだペットを撫でながら、ゼパルは思いをはせる。このトカゲと同じような境遇だった。同族には嫌われ、半端な能力だと切り捨てられた。他人の真似しかできない、悲観したゼパルを拾って能力を認めてくれたのは魔王イヴリースと宰相メフィストだ。


 影武者のダンダリオン程ではないが、ゼパルは様々な代役をこなしてきた。今日もその一つだろう。他国まで呼ばれたが、多目に報酬の石をもらえた。愛すべき家族であるペットを抱きしめ、ゼパルは次の舞台を確認する。


 この後は……王族と貴族の対決があるので、また証人の姿で魔王陛下のお役に立てばいい。簡単だ。結界の外を時折確認しつつ、ゼパルは牢内で寛ぎ始めた。

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