第186話 幕を開ける王妃

 王宮内は騒然としていた。


 王妃ブリュンヒルデは、主だった貴族の当主を集めた謁見の間で玉座の左に立つ。玉座に腰掛けた夫ノアールの肩に手を置いて、健在ぶりをアピールした。招待された王族として扱われるイヴリース達は、数歩離れるが同じ壇上に立つことを許される。


 赤い絨毯が敷かれた数段の階段を下りた先に控える貴族を見下ろした。王妃の死は王宮内に勤める者によって貴族に通知されていた。そのため王妃ブリュンヒルデが生きて、王の隣に立つ姿は様々な憶測を掻き立てる。国内の主だった貴族家の当主達が呼ばれたことも、何らかの策略を感じさせた。


「この度は私の生死に関する誤報が広まり、皆を騒がせてしまいました。でも無事ですので、ご安心くださいね」


 穏やかに、巨大な猫を数匹被った王妃が切り出す。ざわめく貴族から、阿るような安堵の言葉が零れた。ぎりりと歯ぎしりする数人を、ブリュンヒルデは笑顔で睥睨する。後妻に自分の娘や姪を押そうとした複数の貴族は、すでに把握していた。


 実家であるアンヌンツィアータ公爵家が集めきれなかった情報を、シャンクスは容易に集めてみせた。他国である不利を物ともせず、イヴリースの元へ情報を運ぶ。その中に、奇妙な動きをした使用人が含まれていた。


「料理人に毒を盛られたようですわ」


 笑顔で恐ろしい発言をする王妃に、謁見の間は一瞬で様々な声が上がった。犯人を問う声、極刑を求める叫び、真実か首をかしげる者……そして数人が沈黙する。


「その者はすでに捕らえて牢へ入れました。もちろん黒幕についても吐いてもらう予定ですの」


 口元を扇で隠し、王妃は嫣然と微笑む。目元が笑みの形になったことで、隠された唇が弧を描いたのは想像にかたくない。何もかも知っていると示した王妃ブリュンヒルデが、思わし気に溜め息を吐いた。


「黒幕に見当はついておりますけれど、証拠はとなりますわね」


 唯一の証拠は、捕らえた料理人の証言のみと言い切った。ノアールは厳しい顔で貴族の顔を見つめる。不機嫌さを前面に押しだした険しい目元は、犯人への処罰の厳しさを窺わせた。


「今回の処断に関しては、サフィロス国のイヴリース陛下並びにクリスタ国のベルンハルト陛下に立ち合いをお願いする予定です。ねえ? 陛下」


「我が妻であり王妃であるブリュンヒルデへの殺害未遂は、相応の厳罰に処す――情報があれば早めに申し出ることだ」


 関係ありとみなした貴族も一掃する。そう匂わせた国王の冷たい声に、貴族達は顔色を青くした。黙って様子を見ていたイヴリース達を促して王族が退出すると、謁見の間は大騒ぎとなる。互いに情報交換が始まり、宰相の周辺は情報提供や協力を願い出る貴族が殺到した。


「……芝居がかった真似をしおって」


 そう呟いて踵を返した壮年の貴族は、巨体を揺らして王宮の廊下に出た。早々に証人となる料理人を処分しなくてはならない。手筈を整えるべく、足早に王宮内を横断した。その後姿を見つめるシャンクスに気づかぬまま。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る