第115話 ずっと覗いてたのか

 交流を深めるお茶会を早々に切り上げたカサンドラは、穏やかに息子に言い聞かせた。


「私達は失礼するから、この屋敷や周辺を案内して差し上げて。それと街の方はまだ準備が出来ていないから後にしてね」


「はい、承知しています」


 真面目な受け答えをする息子に満足そうに頷き、イヴリースを威嚇する夫を引きずるカサンドラが自室へ戻った。


「我々も失礼しよう」


「そうね。お兄様、わかってるわよね?」


「……最近母上に似てるぞ」


 イヴリースに促されて立ち上がる妹の「結婚するまで清い仲でいるんだからね」という釘差しに、ベルンハルトはぼそっと呟く。そんなに獣の本性が滲んでいたか? 妹に指摘されるほど? 自分の頬が緩んでいないか確かめるベルンハルトの仕草に、アゼリアはくすくす笑って歩き出す。当然のように細い腰を抱く魔王に何かを囁き、幸せそうに寄り掛かる妹の姿。


 先日までの苦しむ姿を重ね、幸せならいいと口角を持ち上げた。


「屋敷の中と外の森、どちらからご覧にいれましょうか」


「望めるのなら、妹のアゼリア姫に対するように口調を和らげてください」


 穏やかに言われ、肩を竦めてひとつ大きな息を吐き出す。これで気持ちを切り替えた。


「わかった。一緒に屋敷をみないか?」


「ぜひ!」


 手を差し出すヴィルヘルミーナをエスコートし、ベルンハルトは屋敷や庭を案内した。楽しい時間はすぐに過ぎるもので、気づけば夕暮れ近く。仲良く庭を散策する若い2人を引き離す夜が近づいていた。


「この屋敷は暮らしやすいですね」


「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しい。屋敷の中の侍女達は他種族に偏見がない者やハーフを集めているが、街はまだ変革中だ。多少不愉快な視線もあるだろう」


 そこで一度言葉を切る。ベルンハルトは覚悟を決めて残りを彼女に告げた。


「獣人や魔族、人間の区別なく生きられる国にしたいんだ。手伝ってくれないか。俺の隣で、ずっと……だから俺を選んで欲しい。妻になってくれませんか?」


 国を通して婚約の申し入れを行うが、その前に彼女に自分の口で告白しておきたかった。


「はい、喜んで」


 プロポーズ成功を喜ぶ前に、今のが幻聴じゃないかと疑う。都合の良い返事を脳内で勝手に作り上げたんじゃないか。その疑問を払拭するように、ヴィルヘルミーナは頭ひとつ高いベルンハルトの胸に飛び込んだ。


 鼻先で揺れる白い耳に、小さな声で確認する。


「本当に、いいのか?」


 頷いたヴィルヘルミーナを強く抱き締めた。好きになった人が自分を好きになってくれる確率は低くて、それは友人関係の構築で経験済みだ。断られても何度もお願いするつもりだったのに、こんな早く受け入れてもらえるなんて。


「ありがとう」


 こぼれた感謝の言葉に、ふるりと耳が震えた。


「あああ! お兄様、襲っちゃダメだと言ったじゃない!」


「ベルンハルトのことなどいいではないか」


 アゼリアとイヴリースの声に、ベルンハルトは執政者の仮面を被った笑みで振り返る。恐ろしいほど満面の笑顔に、ひっとアゼリアが引きつった悲鳴をあげた。


「いつから覗いてたのかな?」


 答えられないアゼリアだが、その腰がひけた様子からおおよその事情は掴めた。おそらくイヴリースの魔法で姿を消して追いかけていたのだろう。叱るつもりで口を開く前に、イヴリースはアゼリアを連れて逃げた。


「……後で説教してやる」


 そう呟く間も、婚約者となるヴィルヘルミーナを抱き寄せる腕が解かれることはなかった。

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