第47話 魔王は本性を厭う
婚約者アゼリアに絶対に見ないよう重ねて頼み、イヴリースは国境に当たる砦の外壁の上にいた。長い黒髪がさらさらと風に攫われ、石造りの手摺りを撫ぜる。
赤い宝石がついたペンダントを外し、メフィストに投げ渡した。次にピアスを外して放る。危なげなく風を操って受け止める側近は肩を竦めた。
「それほどお嫌ですか」
斜め後ろで怪訝そうな顔をするベルンハルトは口を挟まない。代わりに問いかけたメフィストへ、イヴリースは黒い瞳を細めて舌打ちした。
整いすぎた顔は多少崩れたところで美しいが、表情が崩れると親しみがわく。完璧に見える魔王も感情のある人なのだと、奇妙な感慨をもってベルンハルトは主従のやり取りを眺めた。
「知っているだろう」
「理由は存じておりますが、厭う必要などないと何度も申し上げました」
魔族にとって力の象徴である翼や角も、イヴリースには呪いのようだった。だから魔法を使い、できるだけ本性を晒さずに戦う。人間から見て美しいと称される第一形態以外を見せないのも、第二形態以降の姿を嫌うからだった。
しかしメドゥサの呪縛を解くには、最終形態まで行かずとも変身する必要がある。人間の姿を模した第一形態で使える魔力量は少なすぎた。不完全な解除で後に禍根を残すのは愚行に分類される。言われずとも理解しているため、やると約束した以上完璧にこなす気はあった。
「ベルンハルト殿にお見せしても構わないのですか?」
「仕方あるまい、見届け人は必要だ」
人間側の見届けなくして、作戦成功を認めさせるのは難しかった。だがアウグストは冷静な判断を下せる心理状態になく、アゼリアに話してしまうかも知れない。他の諸侯もまだ信用するほど親しくないのだから、消去法で彼が選ばれた。
「アゼリアに告げたら、殺すぞ」
脅しではなく本音だ。忠告をぼそりと吐き捨て、イヴリースはふわりと宙に浮かんだ。背に翼が広がり、耳が長く尖った。第二形態をとる間に身体が一回り大きくなる。口元に牙がはみ出し、額に2本の角が現れた。
久しぶりに見る主君の姿に、メフィストは感嘆の息をつく。人間が口にする美とは違うが、魔族から見て十分すぎるほど美しく力強さを感じさせた。滅多に見せてもらえないイヴリースの第二形態を目に焼き付けるため、食い入るように見つめた。
真っ白な肌の一部に、呪模様が現れる。溢れる魔力がイヴリースの黒髪を舞い上げ、水中にいるような揺らめきを作り出した。1対の翼は鳥の羽に似て羽毛を纏う。
驚きはあるが、すでにメフィストの山羊の角や牙を見慣れたベルンハルトにとって、それほど嫌がる姿とは思えなかった。顔立ちそのものが別人になったわけでもない。野性的な印象はあるが、嫌う理由がわからなかった。
ぐるると喉の奥を震わせて唸り、第三形態へとイヴリースが変貌する。メフィストはベルンハルトに下がるよう告げた。
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