第45話 滅びゆく王国の最後の灯
腐ったユーグレース王国という土台に、メドゥサの蒔いた種が芽吹き始めた。一様に濁った目をした住民達が、手に武器を持って王宮前に集まる。それを見下ろす国王や貴族の目も濁っていた。
死んだ魚のような……という表現がある。目の濁りは似ているが、人々は生気に満ちていた。目標を掲げた彼らの求めるものは、ユーグレース王国を見捨てた者達への復讐だ。逃げ場のない自分達を置いて、さっさと新天地へ移った人々への恨みや妬みに満ちていた。
安定を求めて動かなかった己の過失や臆病さに目を瞑り、他人を羨み簒奪することに慣れた者らは鬨の声をあげる。剣や弓矢を持ち、足りない武器を補うつもりか、農作業に使う鋤や台所用の包丁まで手にした人の群れは、ぞろぞろと街道へ向かった。
まるでアンデッドの群れのように……奪う意思に支配された人々が、元へーファーマイアー公爵領へ進む。その情報はいち早く、領内に集った貴族や公爵家にもたらされた。
「どうしますか」
どのような事情があれ、武器を手に攻め込むなら敵だ。排除すべきという意見が強かった。難民として要請されれば、断るか受け入れるか悩む案件だが、簒奪の意思を隠さない王都の民を許す義務はない。
「慎重に考える時間はありませんぞ」
アルブレヒト辺境伯の声に押され、攻めてくる敵の排除に趨勢は傾いた。
「おかしいですね」
唸るように呟いたメフィストは、直したばかりの会議室でイヴリースの斜め後ろに控えていた。この場でも地位の高い方に分類されるメフィストだが、イヴリースと並ぶことを拒んで後ろに下がる。それを謙虚さと判断した辺境伯らは、メフィストの意見に耳を傾けた。
「確かに……メドゥサが一度立ち寄ったとしたら、操られた可能性がある」
倒した蛇女の話を、この場にいる貴族達は共有していた。それゆえに、魔族の魅了により操られた可能性を提示されれば無視できない。
「魅了を解く方法はないの?」
今日はドレス姿で尻尾や耳をきっちり隠したアゼリアが尋ねる。隣の椅子に腰掛けた美女へ、イヴリースは優しい目を向けた。入室して着座する際、どうしても膝の上に座って欲しいと願って却下されたばかりである。手招きしたが、アゼリアは気づかないフリをした。
いくら何でも人前で恥ずかしい。婚約者の地位があっても、人前でイチャつくのは抵抗があった。貴族令嬢として当然の考え方であり、ここで恥知らずにも膝の上に座るようなら、聖女エルザと大差ないと嘲笑される。
「簡単ですよ、殺してしまえば解けます」
死体にすれば問題ない。恐ろしい提案をしたメフィストへ、同じように考える貴族も同意しかけて顔を引きつらせた。この公爵領を守るのが最優先なので、内容は問題ないが……貴族として外聞の悪い言葉に同意するのは気が引ける。
「殺さずに解く方法はありませんか」
ベルンハルトの問いかけに口を開かず、メフィストはイヴリースに返答を委ねた。
「あるが……面倒だ」
できれば選びたくない。口調に滲んだ本音に、アゼリアへ視線が集まる。この場でイヴリースを説得できるのは、彼女以外にいない。辺境伯を始めとした全員が気づいていた。
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