第34話 斜陽の影で蠢くモノ
豪華なシャンデリア輝く広間で、苛立ちのままにグラスを床に叩きつける。以前は丁寧に清掃され、顔を映すほど磨き込まれた床は、あちこちにくすみがあった。
「くそっ! 誰か! 片付けろ」
舌打ちして叫んだ国王の息は、酒臭い。浴びるほど飲んだ酒が彼を強気にした。飾りの剣を抜いて、見えない敵に斬りかかる。一刀両断にした幻影に満足し、どさっと玉座に腰を下ろした。
広間は静まりかえり、誰も様子を見にくる者はいない。城に勤務していた侍女や侍従も大半が逃げてしまった。
王都から民が脱出し始めたのは、へーファーマイアー公爵家が離反した日だ。あの日以来、主だった貴族は離反して自領へ引き上げた。公爵家の取り潰しを唆した貴族家が兵を挙げたが、騎士も軍の兵士も大半が逃げた後だった。
忠誠を誓い仕えるべき王家に逆らう愚かな連中に頼らず、傭兵を雇う。金に汚い連中だが、逆に言えば金さえ与えれば動かせた。勿体無いので金額を少なめに渡す。残りは成功報酬だと告げた。
へーファーマイアー公爵領を落とせば、いくらでも金を払ってやる。豊かな領地にはそれだけの価値があった。王家に金がないのは、奴らが使い込んだからだ。そう告げる奸臣の言葉を信じた国王は、攻め落とした領地の財産を独り占めする気だった。
それなりの数を整えたはずだ。なのに、送り出した貴族の息子達は消えた。傭兵達も行方がわからず、領地に戻った貴族が挙って公爵領を目指す。
「この地はユーグレース王家の物だ」
誰にも渡さない。大酒に濁った目で、
「力が欲しいなら、私が貸してあげてもいい」
傲慢な所作が似合う女性は、銀髪をかき上げて笑う。美しい女だが、どこか禍々しい。紫に染めた爪と唇は、瞳と同じ色だった。病的なまでに白い肌は青みがかっている。
「お前、は……」
「私のことなど知らなくていい。あんたは大人しく私の駒になりなさい」
むっとした国王へ右手をかざす。すべての指を綺麗に開いて伸ばし、魔力を注いだ。
「醜いけど、あんたは私の操り人形だ。役に立ってもらうよ」
くつりと喉を震わせて笑う女は、紫の唇を三日月に吊り上げて白い歯を覗かせた。犬歯が異常に発達し、牙と呼んで差し支えない歯に赤い舌が絡みつく。蛇のように先が細く割れた舌で唇も舐めると、女は平らな胸を反らして空を見上げた。
穏やかな夕空は、これからの惨劇を象徴するみたいな赤色で暮れていく。スレンダーすぎて凹凸のない美女は、滑るように床を歩いた。
「もうすぐです、あなた様を縛る悪女を成敗して差し上げる」
人間ではあり得ない魔力を解放し、城ごと支配下に置いていく。数少ないが国王についた貴族も、行き場がなくて残った侍女も……。
「まだ獲物がいる」
城下町へ目を向けた銀髪の魔族は、影響を及ぼす対象を求めて城から街へ降り立った。
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