第30話 公爵閣下から国王陛下へ

 騎士ブルーノは、その実力を買われた。ひとまず兵力はいくらあっても多すぎることはない。砦の部隊長についていく、項垂れた姿は哀れだった。意気揚々と乗り込んだ時の彼と似ても似つかない。


 両手の指を交差して組み、椅子に寄り掛かったベルンハルトはひとつ大きく息を吐いた。溜め込んだ感情を切り替えるような仕草だ。


「俺は合格ですか?」


 斜め後ろに立つメフィストへ尋ねる。突然の問いに、メフィストはかつんと靴音を響かせて回り込み、向かいではなく右側のソファへ腰掛けた。


「そうですね。まだ足りない部分もありますが、十分かと」


 人を逸さぬ笑みでメフィストは答えた。目の色を隠す眼鏡を外し、胸ポケットに放り込む。思わせぶりに身を乗り出し、下から覗き込むようにしてベルンハルトと視線を合わせた。


「公爵家当主なら十分ですが、国王としてみれば甘さが目に付きます。我が陛下ならば、最前線へ送ったでしょうね」


 ベルンハルトの采配を、軽い口調で叩く。そのタイミングで、ノックもなくドアが開いた。家督を譲ったばかりの前公爵アウグストだ。妻カサンドラは屋敷にいるのだろう。


「話は聞いた。なぜ最前線へ送らなかった?」


 父アウグストと、魔国の宰相メフィストの見解は一致していた。ベルンハルトが騎士ブルーノに下した判断が甘いと詰め寄る。


 ブルーノの配属は、砦の門の守護だ。門番というより、門へたどり着いた敵を排除する盾としての起用だった。ユーグレース王家が攻め込んでくるのは間違いなく、最前線で騎士としての剣技を発揮すべきだろう。


 示し合わせたように同じ答えを導いた2人に臆することなく、ベルンハルトは答えた。


「父上、俺はブルーノを許す気がないだけです」


 逆に2人の判断の方が優しいと匂わせ、寄り掛かった背もたれから身を起こした。組んでいた手を解き、ぎゅっと拳を握る。


「近衛騎士でありながら、王太子の無礼を見過ごした。役目から逃げ出したくせに、俺を利用して領地へ入り込み、あの女を捨てた。今頃になって聖女ではない? 当然です、あの女はただの屑でした。贅沢に執着する愚かな女だが、捨てるなら殺すくらいの覚悟があって然るべきでしょう」


 何の罪もない我が妹が貶められた時、近衛騎士達は誰も動かなかった。騎士の誓いに反する行いを正当化するために聖女を自称する女と逃げる。それだけでも十分にゲスの行いだった。


 挙句、王都から脱出するベルンハルトの一行に、あの原因となった女連れで合流しようなど、どこの厚顔無恥かと驚いた。ヘルマン男爵の息子なら利用できると我慢して許せば、増長したのか。我が領地内に、あの女を捨てたという。中途半端な同情と自己保身から、女を処分する事もできなかった。


 自分に都合の悪い事実を隠し、民にとって弊害しかない女を放置した罪は、最前線ですぐに殺される程度の罰で許されるものではありません。


 言い切ったベルンハルトの容赦ない断罪に、喉を鳴らしたのはメフィストだった。拍手を添えて讃えた後、灰色の髪をかき上げて口元を歪める。


「なるほど。の言い分は理解できます。私は魔国サフィロスの宰相メフィストと申します。今後のお話をさせていただいてよろしいでしょうか? 


 その発言に、アウグストははっと息を飲む。魔国の宰相、メフィストがへーファーマイアー公爵領を「国」として認めた瞬間だった。

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