第2話 小雪舞う中で
北風が強い寒い夜にも関わらず、定禅寺通りには、肩がぶつかる位の多くの通行人が歩いていた。
「相変わらずすごい人だね」
「うん、でも仙台に住んでる私としては、これを見ないと、年を越せないもん」
「僕もここに住んでた頃は毎年見に来てたよ」
「友成くんと初めて見に行ったのって、いつだったっけ?」
「もう、二年前かな?僕が東京に戻る前の年だから」
「じゃあ、今回は三回目かな?二人で見に来たのは」
「そうなるかな。今年もこの灯りを見ることができて本当によかったよ」
横断歩道を渡ると、二人の頭上にはケヤキ並木に灯された無数のオレンジの電球が輝きだした。
前方には、光のトンネルがどこまでも続いていた。
やがて二人は、定禅寺通りと
「この先も、行ってみるかい?」
「もちろん!光のページェントをゆっくり見たければ、この先までいかないとね」
紗和は、友成の手を引いて横断歩道を渡った。
北風に乗って雪がちらほらと降り始めた。
やがて、綿のような雪が横殴りに降りそそぎ、あっという間に地面を白く染め上げた。
「友成くん、足元気をつけて。滑るかもよ」
「ああ。二年間こっちにいたのに、雪道には結局慣れなかったんだよなあ」
「でもさ、雪の日の光のページェントは、雰囲気が盛り上がるでしょ?」
真上にはまばゆく光るイルミネーション、真下には真っ白な雪。
仙台の冬ならではのコントラストの中で、二人は手を繋ぎ、白い息を弾ませ、ゆっくりとした足取りで歩いていた。
「ねえ、友成くん。もう、こっちには来る予定はないの?」
「うん。今は東京だけど、来年からニューヨークに行くよう打診されてるからね」
「ええ!?ニューヨーク?」
「英語がそこそこしゃべれる奴を……ってことでね。僕は大学時代、短期だけど留学経験もあるし、最初に目を付けられてね」
「じゃあ、数年間は、あっちに行くんだ?」
「うん。そうだね。僕の先輩を見たら、海外組は三、四年くらい帰ってこないよ。その代わり、帰ってきたら十分なポストが用意されているから、チャレンジする価値はあるけど」
「え、それじゃあ、友成くんは、今の会社で出世を狙うの?」
「まあ、自分が頑張った印として、それなりのポストには就きたいって思ってるよ」
「出世したら、仙台には来れなくなる?」
「そうかもな。仙台は支店だから、若手で経験の浅い奴らが配属されるんだよね。キャリアを積んだ後は、支店長にでもならないとこっちには戻れないよ」
すると、紗和は友成から目を逸らし、しばらく何か考え事でもしているかのような表情を見せた。
「どうしたんだい?紗和ちゃん」
「ううん。何でもないよ」
「何でも無くないだろ?冴えない顔してるよ」
「何でもないって!」
「僕が何か、気に障ることでも言ったのかな?」
「だから、何でも無いって!」
紗和は、早足で友成を引き離すかのように歩き出した。
その時、紗和は突然歩みを止め、しばらくの間じっと何かを見つめていた。
「何だよ紗和ちゃん、何か見つけたの?」
「あれ……あの人」
「え?あの人?」
紗和の視線の先には、地下鉄で倒れ込んだ紗和の身体を支えてくれた、禿げ頭の男性の姿があった。
「萩の月」のイラストが入った大きな紙袋を片手に、男性は真上に広がるイルミネーションをじっと見上げていた。
紗和は、声を掛けられたくない一心で、他人の振りをして男性の傍を通り過ぎようとした。
「あれ?あなたは、地下鉄で倒れそうになった方ですよね?」
イルミネーションを見つめていたはずの男性が、いつの間にか紗和の姿に気づいたようで、大声で紗和を呼び止めた。
「あ、ははは……そうですが」
「大丈夫ですか?心配してたんですよ。あの後無事に帰れたのかなって」
「いや、大丈夫です。私のことなど気にしないでください、ご覧の通り元気ですから。それじゃ……失礼しました!」
紗和は、男性のことを置き去りにするかのように早足で歩き去ろうとした。
その時、雪で地面が滑りやすくなっていたことをすっかり忘れていた紗和は、ヒールが滑り、全身のバランスを失った。
「あ!だ、大丈夫ですか!」
男性は、駆け足で紗和の所まで駆け寄った。
紗和は、こんな所で転倒するなんて、運が無いとしか言いようがないと悔やんだ。
「私は大丈夫。擦りむいていないから。気にしないで」
「でも、コートが濡れてますよ」
「だから、大丈夫ですって、私のことなんか気にしないで、早く帰って下さい!」
紗和は男性を鋭い視線で睨みつけた。
男性はたじろぎ、そのまま後ずさりすると、禿げあがった頭頂部を見せながら頭を下げた。
「すみませんでした。怪我したのかなあ?と心配したものですから。余計なことをして失礼しました」
男性は背中を向け、とぼとぼとその場から去っていった。
その時、ようやく追いついた友成が紗和に駆け寄り、しゃがみこんで紗和の身体を背中から支えた。
「紗和ちゃん、大丈夫?」
「うん。コートが濡れちゃったのと、転ぶ間際に手のひらで地面を突いたからちょっと痛いけど、大丈夫」
「あの男の人は?紗和ちゃんのこと、すごく心配してたようだけど」
「ああ、気にしないで。単なる通りすがりだから」
「そうなのかな?それにあの人、紗和ちゃんが地下鉄で倒れそうになったって言ってたよ?」
「まあ、地下鉄でも助けてもらったけど……」
「じゃあ、ちゃんとお礼を言わないといけないんじゃないか?」
「友成くんは余計な心配はしないでいいから!さ、西公園も見えてきたし、ここで折り返しかな?また歩いて、勾当台公園まで戻りましょ」
「あ、ああ……」
再びオレンジ色の光が溢れる中を、紗和と友成は手を繋いで歩き出した。
雪が降り続いているせいか、小径を歩く人は少なく、二人はオレンジ色の光溢れるこの光景を独占しているかのような気分になった。
「ねえ友成、写真撮ろうよ。折角逢えたんだし」
「ああ、いいよ。ちょうど歩いてる人も少ないしこの辺りで撮るかい?」
「うん。ここなら邪魔されることもなく、ゆっくり撮れそうだもんね」
紗和は、写真を撮ろうとコートのポケットからスマートフォンを探し出そうとした。
「あれ?」
「どうしたの、紗和ちゃん」
「スマホが……スマホが無い!」
「え!?」
紗和は、コート以外にもカバンやズボンのポケットも確認したが、スマートフォンは出て来なかった。
「どうしよう……どこで落としたのかな?」
「さっき、転んだ時じゃないの?」
「え!?ま、まさか……」
紗和は青ざめた表情で友成の顔を見つめた。
「とにかく、行ってみようか」
友成は紗和の手を引き、転倒した場所に向かって小径を走り出した。
「ちょ、ちょっと!私あそこにはもう行きたくないんだけど……」
紗和の話に耳を傾ける様子もなく、友成は走り続けた。
そして、転倒した場所にたどり着くと、そこには、あの男性がいた。
片手には紙袋を、そしてもう片手には紗和のスマートフォンが。
「あ、落とし物ですよ。追いかけて届けようと思ったんですが、取りにきたんですね」
そういうと、男性は笑顔を浮かべ、紗和の手にスマートフォンを置いた。
「ど、どうも……ありがと」
紗和は、極まりの悪い表情で受け取った。
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